はこうして廻っいく。act1


〜Satomiya and Chino〜
 エッチ度=★☆☆☆☆
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 昼休みになって、里宮秋人が鴇田聡史の首を締めに行くと、昔馴染みの友人はビックリしたように秋人を眺めた。

「 へぇ、やっと気づいたか 」

 カチン、とくる言い草だった。
「やっと、ってなんだ! やっと、って……さては、学生の頃からやってやがったなー俺の青春を返しやがれっ」
「まあまあ」
「まあまあ、じゃねぇっ」
 やけに落ち着いて、宥めてくる聡史に秋人は半ば半狂乱で訴えた。
「いいじゃん、まだ、間に合う。ええっと、茅野さんだっけ? 付き合うんだろ?」
 と、逆に突っこまれると秋人はしどろもどろになった。
 なにしろ、女の子に告白されたのは 初めて だ(どうやらその諸悪の根源は、目の前にいるにやけた この 男……腹立たしい!)。
 どうすれば、いいのかなんてわからない。
「い、いや。まずはお友達から……ってコトに」
 躊躇〔うろた〕え答えると、明らかに聡史は呆れていた。
「おまえらしい、ちゃ……おまえらしいが」
 だって、仕方ないだろう? と秋人は恨めしく友人を睨むしかない。
 いきなり付き合いはじめたところで、何からするのが正しいのかわからない。キスか? お触りか? それとも、すぐにでもベッドインするべきなのか?
 いやいや、まさかそんな破廉恥な。
 男の欲望に素直に突っ走ってどうする?
( そうだ、最初はやはり「交換日記」だ! )
 まさに、名案と秋人は思った。
 聡史の言う通り、(むかつくことこの上ないが!)まだ間に合う。青春は取り戻せるのだ。
 今日の帰りにでも、手ごろな代物を物色して購入しよう、と心に決めた。



 次の日の朝。
 秋人は早速、茅野繭子〔ちの まゆこ〕のいる受付に顔を出した。
 彼女の同僚らしい何人かの女性社員が、好奇の目を向けてくるけれど気にしないことにする。ここで怯んだら、負けだ。

「 え? 」

 と、茅野繭子はビックリしたように真面目くさった顔の秋人を見上げて、彼の差し出した交換日記用の鍵のシッカリかかるタイプのそれと交互に眺める。そして、ぷっと笑った。
 もしや、失敗したか……と秋人は内心、戦々恐々とした。
「やだ! おかしいっ」
 きゃはは、と小柄な彼女は楽しそうに笑って、秋人の手から色だけはシックなベージュをした日記を受け取った。
「里宮さんって、やっぱりわたしが思っていたとおりの人です。カワイくて、カッコいい」
 どちらも、初めてのホメ言葉だった。
「そ、そうかな?」
「ハイっ! あ。あんまり喋っちゃうとネタがなくなっちゃうから、黙っときますね。理由は乞うご期待」
 女の子って、みんなこんな感じなのだろうか。
 告白されたのが、初めてというのもあり……あまり、女性と接点らしい接点がなかった秋人はホッとする。どうやら、自身気づいてはいなかったが、生まれたての雛がそうなるように目の前の彼女に「異性」に対するインプリンティング〔刷り込み〕をされたようだ。
 もし、ここで手酷い仕打ちを受けていたなら、どうなっていたことか。空恐ろしい。
 一生のトラウマになっていたかもしれない。
(茅野さんがいい娘〔こ〕でよかったな……俺、女の子って好きかも)
「ありがとう」
 礼を言うと、彼女はまた可笑しそうに笑った。
「どうして お礼 を里宮さんが言うんですか? 付き合いたいって言ったの わたし なのに……変な人」
「あ、いや。言いたくなったから」
 だけど、それは 確かに 考えてみれは奇妙かもしれない。
 くすす、と笑う彼女と一緒に笑って、秋人は初めて興味を持って「茅野繭子」という異性を見直した。


   *** ***


 「茅野繭子」という女性は、秋人のことをよく知っていた。
 あまり公にはなっていない(というか、ごく一般的に吹聴するような内容ではない)彼の味の趣向や、家族構成、限られた交友関係のことを よく 把握していたから驚いた。


『 最初、怖い人かしら? と思ってたんです。だって、よく見かける里宮さんっていつも鋭い感じで隙がなくて、伝票の不備で担当者と話していることが多かったから……でも、たまに見かける一面がすっごく意外だったんですよね。知りたいですか?
 ひとつは、「甘党」なところ。当たってるでしょ?
 受付のみんなで何回かお菓子を差し入れしたことがあるんですよ。で、「あ、あの厳しそうな人だ」と思ってたら、ごっそり手に掴んで「いただきます」って満面の笑顔で言われたの!
 あの時、「子どもみたいな人だなあ」って思ったんですよね。案外、可愛らしい方なのかも……ってイメージが変わって、気になりました。 』


 丸みのある、けれど整然として読みやすい文字が並んでいた。
 最後に、『お菓子、作って持っていったら食べてくれますか?』とある。

「もちろん、いただきます」

 と、書いてから秋人は「うーん?」と唸った。
 彼女が自分を好きになった理由がまだ、判然としない。
 『気になりました』とはあるけれど、『好きになりました』とは書いてないのだ。
「ほかにも、なにかあったかな?」
 考えるけれど、告白されるまで秋人自身は繭子と接点があったという記憶はない。このお菓子の差し入れの件も言われてみれば、おぼろげに覚えている程度だ。
「……子どもみたい、か」
 確かに、時々、自分は成長していないと思う時がある。指摘されたのは、初めてだが――。

 「ひとつは」があるのなら、ふたつめもあるのだろう。
 彼女が好きになったというのは、どんな 自分 なのだろうか? と秋人はひとしきり考えて……(まあ、いいか)と放棄した。


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