気予士な恋 誘惑-5


〜NAO's blog〜
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(あ……)

 やっぱり雨が降ってきた、と飯田和美〔いいだ かずみ〕は店のウィンドウから空を見上げた。
 朝から曇天だった其処からは、パラパラと小降りではあるけれど傘がないと困る程度に雨が落ちてきている。
『今日は晴れだよ。傘はいらない』
 と、朝の出掛ける玄関先で告げられた彼の言葉が 嘘 だったのだと知る。
 彼は気象予報士で、若いけれどその正確さと人柄で朝のお天気コーナーを任されている結構な有名人だ。
 和美も彼の気象予報士としての正確さと親切な解説には惚れこんでいる視聴者の一人だから、今回のそれが外れたのだとは思わない。
 きっと、ワザとだ。
 知り合ったのは、つい三日前の夜だけれども性格はなんとなくわかる程度に親しい間柄だ。
(もう、仕方ないなぁ……由良くんは)
 と、朝のお天気コーナーの由良湊〔ゆら みなと〕を思い浮かべてニンマリしてしまう。
 彼がどんな悪さをしても、理想の弟がしたことだと思えば大抵は許せてしまう。甘い、と自分でも思うけれど……どうしょうもない。



〜 とりあえず、今日も晴れ。 〜


「和美さん」

 仕事を終え店を出たところで、待っていた彼の手には広げられた大き目の傘。
 まるで当たり前みたいに差し出された隣の空間に、仕方なく足は向かうけれど悪い気分ではなかった。
 恋人と相合傘、なんて趣味じゃないはずなのに……ちょっと嬉しい。
 普段なら絶対にしない腕を組む行為も、この空間なら少しも不自然じゃない。寄りかかることも、甘えることも違和感なくできそうだった。
「湊」
「はい、なんですか?」
「好き、かも」
 なんて、口にしてみる。
「和美さん、もう一度言ってください」
 組んでいる和美の腕を手で掴んだ湊は、真剣に迫った。そこが人通りの多いメインストリートだということにまったく頓着していない彼の様子が、彼女を慌てさせる。
「えっ? あの……なにを?」
「だって、僕初めて聞きました。和美さんからの、好きって言葉」
「……そう、だった?」
 あれ?
 いや、そうかも……と和美も気づいて赤くなる。
「だから、もう一回聞きたい」
「うっ、わ、わかった。わかったから迫らないで! ちゃ、ちゃんと言う。その、あとで……」
 もごもごと言い募ると、彼は責めるみたい彼女を見た。
「あと?」
 それが怒っているというよりは、優しい眼差しだったから余計に居たたまれない。
「べ、ベッドの上で……いい?」
 まるで誘導尋問みたい。
 勝手にそんな言葉が口からこぼれて、目を見開く。
(なっ、なんでそんなこと言っちゃうかな? わたしっ)
 べつに、彼からの提案があったわけでもないのに……でも、こう言えば きっと 湊が喜んでくれるんじゃないかって思ったのは事実だ。
「うん。わかった……楽しみにしてるね」
 予想通り、あるいはそれ以上のふわりとした極上の微笑みを浮かべて湊は掴んでいた和美の腕を離すと、ふたたび腕を絡めるよう促して歩きはじめた。
「約束だよ? 和美さん」
「わかってるわよ!」
 弾んだ彼の声に真っ赤になって、和美はそれでもそんな素直な彼がたまらなく愛しいと思う。
「どうしよう。僕、我慢できるかな?」
「え?」
「食事なんてナシでいいから、今すぐ和美さんとベッドに直行したいよ。駄目?」
「 ダメ!! 」

 そこは、素直すぎでしょっ。

 可愛くお願いされたって、空腹〔コレ〕だけは譲れない! と和美は断固として首を縦に振らなかった。



 レストランのテーブルに座って、和美は頬を染め彼を窘めた。
 食前酒の白ワインを口にして、睨む。
「湊、笑いすぎだから」
「ご、ごめん。だって、和美さんが 必死 なのが……可愛くて」
「仕方ないでしょ! わたしは今日一日働いてたのよ。昼だってあまり取れなかったし……お腹が空いてるの。我慢なんてできないわよ」
 可愛い、なんて和美に面と向かって言う男性は少ない。こそばゆくて、少し照れる。
「湊って、案外 意地悪 よね?」
「そうですか?」
「だって、さっきの本気じゃなかったんでしょ? ここ、予約制だし」
 と、和美はそれなりの値段がしそうな店内をぐるりと見渡して、責めるようにチクリと告げる。
「年上をからかうなんて生意気よ?」
「半分は 本気 でしたよ」
 したり顔で彼は言い、ちょっと憮然となって黙りこんだ。
(ほんの冗談だったのに……もしかして、地雷だった?)
 和美は自分の発言に悪いクセが出たのだと、謝る。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんですか? 僕もちょっと反省しました。和美さん相手だと確かに、その傾向があるのは否定できませんから」
「ちょ、ちょっと! そこは否定しなさいよっ」
 年下相手にからかわれる対象に見られるなんて、ものすごく、ものすごーっく! 不本意なんですけど!!
「すみません、僕、和美さんの反応好きなんですよね。落ち着いて見えるのに不測の事態に弱いでしょ? そういうとこ、見たいから……つい、意地悪なこと言うのかもしれません」
「………」
「確かに、子どもっぽいな……気をつけます。貴女に、嫌われたくありませんから」
 本気で改めるつもりらしい湊に、和美は笑うしかない。
「べつに、いいけど。わたし、そこまでイヤってワケじゃないの……うん、ホント不思議なんだけど。湊ならいいかな、って思ってるのよ?」
 互いに目を合わせて、微笑む。
「そんな挑発していいんですか? 知りませんよ」
「……怖いこと、言わないでよ」
「僕も本当にわからないんです。人に意地悪なんてしたこと、なかったのにな」
 ポツリと言った湊の言葉に、和美の胸はキューンと鳴った。
(なに、それ! 由良キュン、可愛いんですけどっ!!)
「湊!」
「はい」
「もうもう、あなた……それ、天然? それとも計算?」
 まじまじとその綺麗な顔を眺める。
「は? どういう意味ですか?」
 少し女顔で微笑みは極上、物腰は柔らかいのに時々強引で……情事ではさらにその男っぷりが上がる。年下なんて趣味じゃないのに、夢中になる。

「誘惑して。わたし、あなたと 早く ベッドに行きたいわ……湊」

 瞳を瞬いた彼はくすりと妖しく微笑んで、彼女の手を取り上げる。
 そして。
「 勿論、喜んで 」
 と、その指先に火を灯す冷たい唇をゆっくりと落とした。


 >>>つづきます。


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