ベッドの上で、由良湊〔ゆら みなと〕は微笑んで「ねえ、欲しい?」と訊く。
ムゥ、と飯田和美〔いいだ かずみ〕は唇を尖らせて、彼を睨む。
「……ほしい」
〜 とりあえず、今日も晴れ。その後。 〜
「和美さん」
真っ赤になる。言わせたい、と彼が目論んでいるのは勿論解かっているけれど……プライドと羞恥が言葉にするのを阻んだ。
「じらすなんて、ずるい!」
「和美さんが言ったんですよ? 誘惑して何が不満なんですか?」
「イジワル!!」
「それも、僕ならいいって言いましたよね?」
「そうだけど! こんな子供じみたのはイヤっ」
プイ、と顔を横に背けて主張する。
そんな彼女を見て、湊は声を立てて笑った。
「それ、ハレハレくんのマスコットストラップで主張してくる時点で間違ってると思いますよ?」
「うるさいうるさいうるさい!」
彼の担当している朝のお天気コーナーの「ハレハレくん」は愛らしい犬のマスコットキャラクターだ。猫の「アメリちゃん」とともに子供たちにも人気が高く、番組の抽選プレゼントなどでストラップなどの関連グッズが作られている。
結構な売れ筋で、手に入れるのは難しい。
それを、湊の部屋で見つけた和美が目の色を変え、ぷらんと目の前にぶら下げられて交換条件を突きつけられる。
「僕とエッチしてくれたら、差し上げます」
「………」
ねえ、欲しいですか? と再度訊ねられ、和美は唇を尖らせたまま唸った。
肯定するのも、否定するのも憚られる。
(そんなこと、交換条件にしないでよ……バカ)
ストラップは欲しい。けれど、湊とそういう 行為 に至るのは決してそれが欲しいからじゃない。
解かってる。
湊が欲しいと思ってる言葉くらい……でも、意地悪だ。
チュッ、と尖る唇に触れるだけのキスをして、湊はまっすぐに視線を合わせる。
「和美さん、言って」
「だから、欲しいってば!」
「ストラップが?」
「湊がっ。ストラップのために抱かれないわよ、バカ!!」
ギュッと抱きしめられ、耳に吐息がかかる。
ゾクリ、と肌が粟立った。
「じゃあ、好き?」
「好きよ、好き。こうしてるだけで、たまらないの……胸が、壊れそうよ」
こんなにドキドキして、初心な処女みたいに反応するのは久しぶりの感覚だった。
「緊張してる?」
キスをしながら、湊がクスクスからかうみたいに訊いてくるのが憎らしくて、愛しかった。誰も、こんなふうに訊かなかった。
コクン、と頷いて彼の背に腕を廻し――身をまかせた。
彼と関係を持つのは初めてではないけれど、恋人同士らしく段階を経たのは初めてだった。
儀式のようにゆっくり入ってくる彼に、仰け反る。
「あ……」
「和美さん」
「あっ」
軽く視界が点滅して、体が跳ねる。
「そんな、締めないでよ……僕の、そんなに好き?」
「好き。あ……いい、感じちゃう」
「僕も、好きだよ。和美さん……感じて、僕だけ」
「あっ、あっ、みなとっ」
互いに体を揺すりながら、高まっていく。
果ててもまた抱き合って、朝まで何度も何度も告白した。
目覚めると、そこは見慣れないベッドの上だった。自分の布団ではない感触と匂い。五感で感じて、ようやく頭が一回転する。
気怠い体の鈍痛に、顔を顰める。
「いたた……」
腰が、痛い。それに、背筋とふくらはぎに人には言えない場所がヒリヒリしている。
腰と背筋とふくらはぎは運動不足や無理な体勢からくる筋肉痛だろう。
体は若くないのだと言われているようで、少し悔しい。
若い彼はきっと、こんな痛みを知らない。
布団の中でモゾモゾして、そこに誰もいないことを確認する。けれど、いた形跡は残っているから離れてそれほど時間は経っていないだろう。
なんとか重い体を起こして、ベッドの上に座ると体を隠していたシーツが肌蹴て素肌が露わになる。
当然、と言えば当然だけれど何も身につけていなかった。
「あ、和美さん。目、覚めたんですね?」
寝室の開いた扉から湊が顔を覗かせて、憎らしいほどの爽やかな笑顔を向けた。
「湊」
「体、平気ですか? ちょっと最後は無茶したから」
「ちょっと?」
やはり彼は若い。アレを ちょっと と公言するあたり、かなりのツワモノだと思う。
じっとりと眺める和美に、湊は受け流すように微笑んで、手を差し出すと彼女の目の前にぷらりと何かをぶら下げた。
「お詫び、というより約束の品です。どうぞ」
和美が何か答えるより先に落として、その手の中におさめさせる。
手の中の感触に笑みが浮かぶ。いいように扱われている感じがしないでもないが、指にひっかけ持ち上げて眺めればやはりソレは可愛いと嬉しくなる。
欲しい、とは思ってもなかなか手に入れられない品なだけに。
「それ、和美さんが好きそうだな……と思ってたんですよね」
「そうなの? よく分かったわね。わたし、逆にみられることの方が多いのに」
こういう可愛いキャラクターが好きだって言ったら、大抵意外って目で見られて変な顔をされる。
それが煩わしくて、今では誰にも打ち明けていないのに。
「わかりますよ。よく子供番組見てるでしょ? それに特撮モノとかも好きだよね」
さも当たり前と指摘されて、和美は目を瞠る。
「なんで知ってるの? って顔してますね」
くすり、と笑って湊は呆然となる彼女の唇にキスを落とした。
「言ったでしょう? 僕は ずっと 貴女を見てた、って」
>>>つづきます。
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