ニノのモテ方は半端ではなかった。別れたと噂が流れると、その日のうちに呼び出しがあって余程のことがない限りは付き合うことになっている。
彼氏がいる間は絶対に応じない。それが判っているから彼女を狙っている男は別れるまでジッと待っているのだ。
常にそういうくっついたり別れたりを繰り返して、派手な恋愛遍歴を演じているからある時僕は言ってみたことがあった。
「告白されて簡単に付き合うから軽く見られるんじゃないの? ニノの男運の無さはニノにも原因があると思うよ」
「わ、分かってるよ。……でも、今度こそって思うんだよ。わたしのこと好きって言われたら、嬉しいんだもん」
「それで、体触られて幻滅してたら相手もカワイソウだと思うけど」
〜 step.1 〜
好きな子の体を触りたいと思うのは、健康な男子としては至極当然だ。しかも、ニノのようにどこもかしこも隙だらけで、やわらかそうな女の子なら……。
「なにそれ」
プウゥ、と頬を膨らませて、身を乗り出す。
彼女の形のいい大きな胸が目の前の机の上に乗って、僕は目のやり場に困った。
こういう挑発に似た仕草を、ニノは普通にやる。だからこそ、僕は相手の男に同情するのだ。
「イチは、わたしが拒否したのが悪いって言うの?」
「え? いや、そこまでは言わないけど」
嫌がる彼女を押し倒したのは、流石に賛成できない。
じゃあ、何よーと上目遣いで睨んでくるニノに笑うしかなかった。
「だから、簡単に付き合わないようにしなよ。じっくり選べば、ニノだって触られても幻滅なんてしないよ? きっと」
「……そうだね」
あーあ、と彼女は腕を上に持ち上げて伸びをして、「ニノちゃん、しばらく男断ちします」と僕がそれもどうかなと思う宣言を真剣に口にする。
教室中がざわついた。
聞き耳たててるなよ、と僕は思った。
*** ***
彼女がもう少し地味で、普通の容姿をしていれば。
あるいは。
姉のような性格の、僕が嫌うような女の子だったなら良かったのに……。
だったら、きっと好きにならなかった。好きになっても、告白して玉砕できた。
付き合うことをほんの少し想像できたかもしれない。
けれど、彼女の恋愛遍歴に登場する錚々たるメンバーを考えれば、僕なんて数にもされていないだろうし。
事実、ニノと一番仲がいい男子生徒は僕だったし、たぶん学校の外でも僕以上に彼女と仲良くしている男の姿は見たことがなかったけれど、男女の雰囲気になったことは一度もない。
彼氏の愚痴を言える友人、そういう立ち位置が落ち着いた。
高校卒業間近になって、男断ち宣言をしていたニノに彼氏ができた。
今度こそ、本気なのか……卒業式が終わったら旅行に行くと言い出した。
「ふーん、いいんじゃないの?」
彼女が本気で好きなのなら、問題ないと僕は思う。自分が彼女とどうこうなる可能性なんて考えても少しも想像できないし、周囲の評価も同じようなモノだ。
だったら、応援するのが友人である僕の意地。
「ホントにホントに行っちゃうよ! 行くんだからねっ」
「はいはい」
「もーっ! わたしは本気だよっ」
必死に何かを伝えようとしている彼女に、僕は首をかしげた。
「……ニノ?」
「本気で、行っちゃうんだからね?」
「? どうかしたの、悩み事?」
「う、ううん! そんなんじゃないよ。すっごく楽しみなだけっ、○○駅で3時の待ち合わせなんだ♪」
「そっか、良かったね」
「うん!」
満面笑み、だけれどどこか腑に落ちない彼女の態度に心配になって待ち合わせだと言っていた駅まで見に行った。
目立つ彼女は探す必要はなくて、ソワソワしている様子が可愛かった。
こんなふうに待たれる彼氏は幸せ者だ。羨ましいと、思わないでもない。
……僕のこの感情は、本当にニノに対する恋慕なのだろうか? よく分からないな。
そうこうしているうちに彼氏が合流して、彼女を駅に連れて行く。
躊躇うようなニノの後ろ姿が見えなくなった時、僕は 淡い初恋 が終わったのだと思った。
ぶつかりもせず、見守るだけのこの 恋 がこのあと不完全燃焼で燻りつづけることなど思いもしないまま。
>>>つづきます。
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