彼女と最初に会ったのは、高校の裏庭だった。
その辺りはほとんど人が来ないことで有名で、僕もそこを通ったのは初めてで必要に駆られてのことだった。
「ヤダ! って言ってるデショ?! このバカバカ、触んないでよッ」
パシン、と小気味のいい平手らしい音が響いて、彼女が制服の前をギュッと握って飛び出してきた。ドン、と当たって顔を上げる。
二宮穂乃香〔にのみや ほのか〕、明るい色の長い茶髪と手足の長いスラリとした体、ほどよく目立つ大きな胸と細い腰の曲線がほとんどの男子生徒の目を奪っている抜群のプロポーションを持った美少女だった。
それだけのスタイルと顔の持ち主だけあって、異性関係も派手で高校に入学して間もない一学期の半ばですでに何人かと浮名を流している。
「わっ!」
「来てっ」
涙を流していた彼女は、僕と目が会うと驚いていた目を真剣にして、僕の腕を掴んで引っ張った。
「え? いや、ちょっ……困る」
僕としては、ここに来て回収したいモノがあったのだが……結局、それは叶わぬ運命にあるらしい。
(まあ……どっちでもいいか。同じようなモンだしな)
はぁ、とため息をついて……やっぱり女の子は苦手だ、と引っ張られながら僕は彼女の涙を少しも信じていなかった。
〜 step.0 〜
高校でニノと出会う前の僕は、軽く女性不審だったように思う。
原因はハッキリとしている。二つ上の姉のせいだ。その見かけは清純そうで大人しい感じの姉が、結構な暴君で小さな頃から共稼ぎで姉と二人で留守番をすることが多かった僕は悟った。
女性の見かけに騙されてはいけない。
優しさの中には打算がある。
見返りを求めれば、それ以上の束縛を受ける。などなど。
姉から受けた教育は挙げればキリがないほどだ。
そんな僕が、ニノと一番最初の出会いで見せた涙を本物だと信じることができるハズがなかった。
「お願い! さっきのコト黙ってて欲しいの。わたし、タダでさえ妙な噂がまかりとおっているのに……こんな話が流れたら今度はどんな軽い女だって言われるか。すでにいろんな経験積んでるみたいに言われてるけどさっ。こんなんじゃ、まともな彼氏なんて一生できやしないよ」
まあ、僕もあえて彼女のことを貶めるつもりはなかったから、頷いた。
「ホント? よかったー。あ、でもキスも何もしないからネ! わたし、身持ちは固いんだよっ」
「いや、頼んでないし。って言うか、そんな男ばっかり? 二宮さん男運ないんじゃないの?」
「うぐっ! 痛いトコロを……えーっと、あっ、名前聞いてなかったね。誰クン?」
「一之瀬聖也〔いちのせ せいや〕」
彼女の名前は有名だけれど、僕の名前はマイナーだ。彼女が知らないのも仕方なかった。
「うんうん、じゃあイチね。わたしは、ニノって呼んで」
……そういうノリが軽いって思われるんじゃないかなあ、と呆れつつ、距離を置くほどでもない。普通に話す分には彼女は誰かに特別媚びるわけでもなく、可愛いことを鼻にかけた傍若無人なお姫様でもなかった。
もちろん、女の子らしいワガママや甘えは少しあったけれど、憎めないというのが正しい。
彼女自身は、その自分の容姿に関してかなりコンプレックスがあったようで友達みたいに話すようになった頃にはよく愚痴を聞かされた。大抵は、彼氏と別れた時に「もっと大人しい顔だったらよかったのに」とか「イチみたいなのが理想」とか地毛だという茶色い綺麗な色の長い髪をいじくって「そしたら、変なオトコなんか 絶対 寄って来ないよね」と半ば本気で小さなぽってりとした唇を尖らせた。
その仕草がまた妙に色っぽくて、根も葉もない噂に拍車をかけるのだが……彼女は少しも気づいていないのだ。
僕は、そんなニノに笑うしかなかった――。
>>>つづきます。
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