ち にの ん jump.6-nino


〜NAO's blog〜
 jump.5 <・・・ jump.6  ・・・> jump.7



 懐かしい駅に降り立って、雲の上を歩くみたいに軽く跳ねる。
 夢みたいだ、と文字通りわたしは地に足がつかない状態で……でも! 策は講じているのだよ。ふっふっふっ。
 ねえ、みんな見て! 頭から爪の先まで完璧です。
 髪は念入りにブローして巻いたし、化粧もケバくならない、でもパッチリキラキラの気合の入ったピンク仕上がりで、服も清楚かつカジュアルにシフォン素材のワンピースと薄手のカーディガンを羽織って手足の爪先までツヤツヤに磨いた。

 凱旋帰郷のニノちゃんだぞぅ。ルンルン。

 クイ、と腕を引かれて振り返ると、大好きな彼が優しく微笑んで「どこ行くの?」と訊いた。



〜 jump.6 〜


「え? 今日はイチの家だよね。明日はわたしの家、でしょ?」
 同じ高校のクラスメートだから、それぞれの家は比較的近い場所にある。一日に回れなくもない距離だ。
 お互い、親にはすでに「結婚前提」の報告は入れているので、今回は軽い挨拶と今後のことを話すために帰郷したところだ。
 イカン、顔が勝手に緩んでしまう。
「うん。だから前向いてね、ニノが怪我したら僕、泣くよ?」
「え? 前……わぁっ!」
 ビックリした。目の前が壁だった。激突するところだった。危なかった。
 どさくさまぎれにイチの腕にベッタリくっついて、腕を絡める。
 上目遣いで彼を見上げて、ペロリと舌を出した。
「ごめん、イチ」
 ありがとう、と礼を言いながら(でも、イチが泣いてくれるんなら本望だよ!)とも思う。
 階段を下りて改札に向かって、駅前の雑踏に知り合いがいないかと密かにわたしは探した。わざと目立つ格好をしてきたのだ、恋人同士になった彼とくっついて歩けば誰かに見つかっても不思議じゃないハズ。そんなに大きな町じゃないのだから、噂になればあっという間だ。
 イチと噂……いいよ。ソレ、お願いしていい?

「イチ……」

 雑踏の喧騒の中、少し人波から外れたエアポケットで彼の裾を引く。
「ん?」
 引っ張られたイチは不思議顔で、でもすぐに察してくれた。
 少し屈んで、唇を寄せてくれる。
 触れるだけの、優しいキス。
 顔を離してクスリと笑った彼が、「ニノ、見られるの好き?」って耳元で囁いたからグイッとその胸元のシャツを掴んで引き寄せ、今度は自分からイチに 深い キスをした。
 舌を絡めるリップ音が脳内に響くくらい、すごいの。
 見られたい! に、決まってる……って言うか。甘いよ、イチ。
 わたしはね。

 全国区で見せつけたいんだよーだっ!



 ――案の定、この時の キス は後日噂になった。

 って言うか。
「 ニノっ?! 」
 邪魔されたんだよねー、元クラスメートに。
 なにコレ、声かけてくるなんて想定外なんだけど。アンタたち少しは気を利かせなさいよ、お互いもう大人なんだからさーとわたしはご機嫌ナナメで彼らを睨みつけ――寄ってくんな! と威嚇した。
「ウソ、マジでニノじゃん、帰ってきてたの?」
「相変わらず……そうだなぁ。彼氏?」
 ニヤニヤして寄ってきた元クラスメート(たぶん。見覚えはあるけど名前は知らないよっ!)は、イチの背中を見て訊く。彼らにはまだその背中がイチだとは気づいてないらしい。
「そうだよ! あっちに行って」
 ピリピリとこれ以上邪魔をされるのは我慢ならないと不機嫌を隠さずに彼らに言い渡す。
「こえー、いいじゃん。減るもんじゃナシ」
「減るの! ここは黙ってスルーするトコロでしょ? イチの顔だけ見たら、サッサと消えて!!」
「ニノ」
 興奮して、少々口が過ぎてきたわたしの口をすかさず、彼が止めた。
 それに、ようやくイチの姿を捉えた彼らは目を瞬いて、呟く。
「え……? 一之瀬?!」
 そうよ。やっぱり見てなかったのね、使えないわ。
 プンと横を向いて、深呼吸。スーハースー。
 落ち着け、わたし。
「ウソだろ? だって、今キスしてなかったか? いや、見間違いか?」
「うん、そうかも。ちょっと目にゴミが入ったとかさ」
 なんて、ベタな。
 いやいや、ちょっと待て。
「……な・ん・で そう なるのよ。彼氏だって言ってるでしょ」
 何故そこを疑う? とわたしは彼らに呆れた。
「え? だって、おまえら高校のとき友達だったよな? 全然、そんな空気なかったぜ?」
 くぅ、悔しいトコロを……確かにそうだ。けど! そうじゃないのよっ。
「いいでしょ! 今は付き合ってるの。ホラ!」
 見て、とばかりに左手を突きだして薬指を見せる。キラリ、と光る銀色の指輪はこの前イチに買ってもらったばかりの「婚・約・指輪」だ。

「 わたし、結婚するの。イチと 」
 ふふふ、と胸を張り、「げぇぇ!」とひどく狼狽した彼らに当初の目的をかざす。「ありえん」「夢だ」「手のこんだドッキリだ」とか縁起でもない誰かの呻きが聞こえた気がするけれど、きっと幻聴ね。


 >>>つづきます。


 jump.5 <・・・ jump.6  ・・・> jump.7

BACK