一日の仕事が終わって、わたしは また イチのマンションに戻ってきた。
「お邪魔しまーす！」
　最近。
　自分の借りている部屋に戻った記憶があんまりない。あー、そういえば一週間くらい前に一度？　衣替えで服を入れ替えるのに帰ったかな？
　いい加減、存在意義が無いような気がしなくもないけど。と言うか！　ワタシ的には押しかけ女房計画進行中……なわけで、向こうのマンションはなければない方が都合がよかったり。
　イチの反応が怖いから、口にはしないけどね……だって、ドン引きされたらどうすんの？
『　なに、考えてんの？　ニノ、重いよ　』
　とか、優しい口調で言われてさ！　こんな時までイチってば優しいんだっ、えーん。
　ありえない、って表情〔かお〕されたら……わたし、もう立ち直れないよっ！
　家主の戻っていない真っ暗なリビングの電気をつけて、ハァと息を吐く。
　口にはできないからイロイロ策を練ってはみたけれど……なかなかうまくいかないんだよねえ？
　どうすればイチを懐柔できるのかな、と考える。

（センセ……に相談するのはイチから止められてるし。全然、わかんないや）

〜 jump.2 〜

　ソファにうずくまっていると、玄関の方でガチャリと扉の開く音。
　イチが帰ってきたのかな？
　でも、今週が締切だから校正があって大変だって言ってたのに……とリビングから玄関に顔を出すと、お姉さんだった。
「センセ、どうしたんですか？」
「ん？　今日は聖也の帰りが遅いと思って」
　そう言うと、イチのお姉さん・弥生さんはニマニマ笑ってリビングに入ってきた。
　イチがいないから？
　イチがいないとお姉さんの望む夕食にはありつけないし、わたしと話すような話題なんてイチのことしかないのに？
「わかんないって顔ね？　どうせ、弟からわたしに相談するな、とか言われて悶々としてると思ったからよ。――ホラ。だと、思った」
　わたしが、目を丸くしてるのを見てお姉さんは返事をしなくても納得したみたいだった。
　勝ち誇ったみたいに、対面のソファに足を組んで座る。
　すごい！　どうして、そんなに 見てた みたいに分かるんですかっ！！
「聖也の行動パターンは大体わかるし、あとは 勘 よ」
　勘？！　勘でわかっちゃうんですかっ。さすが、文壇の巨匠。恋愛マスター、橘真理子先生！
「センセぇ……」
「よしよし、情けない顔しないで。相談乗るわよ？　切羽詰まってるのね、ニノちゃん」
「わ、わかりますか？」
「ええ、わかるわよ。貴女が、聖也がどうしたら喜ぶか聞きにきた時の目を見れば……簡単だわ」
「イチ、すっごく喜んでくれたんです。でも……」
「でも？」
「わたし、口で言ったら引かれると思って……だから、イチが喜んでくれたら しないで してくれるんじゃないかって期待してたんです」
　お姉さんは少し怪訝な顔になって、頷く。
「えっと、何を……かしら？」

「避妊です」

　わたしは言って、俯いた。
「イチだったら、子どもが出来たら結婚してくれると思って……卑怯、ですよね？」
　わかってます、自覚してます、確信犯です。でも、イチと別れずに済むんだったらその方がいいって思ったんだもの。
　押しかけて、なし崩しに子どもつくって、結婚。なんて完璧すぎる計画なの、ふふふふふ。
　ニノちゃん、怖い。
　恐る恐るお姉さんの様子をうかがう。自分の可愛い弟が、こんな悪い女の毒牙にかかろうとしてるのだ……もしかしたら、追い出されるかもしれない。それだけはイヤです、許してください。
「ぷっ」
「ぷっ……？」
　肩を震わせるお姉さんにわたしは首をかしげた。あれ、笑ってる？
「センセ？」
「あ、あなた……それ、本気？」
　くすくすと笑って、弥生さんは目に涙までためていた。
「は、はい。本気、ですけど」
　そんなに面白いことを言っただろうか？　いや、言ってないよ。断じて。
　イチとの子どもだったら 絶対 可愛いもの。
　欲しいって思うのが普通だよ？
「馬鹿ね、そんなの 口で ハッキリ言ってやればいいわ。そうね、準備してる時なんてどうかしら？」
　名案、とばかりに目を輝かせる。
　けれど。
　わたしはお姉さんの提案に戸惑った。
「え？　でも……」
「大丈夫。子どもが欲しい、避妊しないでそのまま出してって言えば拒否なんてしないわよ。むしろ、すっごく喜ぶと思うわ」
　自信満々にお姉さんは胸を張るけれど、わたしはまだ半信半疑だった。
　そうかなあ？
　イチが結婚したいって思ってくれてたら、そうかもしれないけど。あり得ないし。

「あら、信用しないの？　わたし、聖也が生まれた時から知ってるのよ……行動パターンはお見通しなの。ニノちゃん、貴女よりも ずっと ね？」

　「はい」と頷いてしまったのは、迫る弥生さんの勢いに負けてしまったせいだった。
　しかし、頷いてしまったのは紛れもない自分自身。
　意を決して、準備をしているイチに声をかけた。いうことをきかない体を彼の背中にくっつけて、後ろから抱きつく。
「ニノ？」
「あの……お、願いがあるの。イチ、その……」
　モゴモゴ。
　やっぱり、怖いよ……お姉さぁん。
「？　どうしたの？」
　後ろから巻きついたわたしの腕にイチの手が触れる。そっと撫でて、わたしを振り返って首をかしげた。
「僕にお願いって、なに？」
「あ、あの……あの……わたしっ。イチの、子どもが欲しいの！」
　瞬間、彼の体が固まったのがわかった。
　でもっ、ここまできたら女は度胸だ！　目を瞑って、一気にまくしたててやるっ。
「だからっ、避妊しないで。そのままだして、ぁん！」
　ドサッとわたしは仰向けに倒された。
　ベッドの上で少しだけ体が跳ねて、押さえつけられる。イチの怖いほど真剣な顔が目の前にあった。
「い、イチ？」
「ニノ、本気？」
　と、お姉さんと同じようなことを訊くからわたしは頬を膨らませた。
「本気だよ、どうしてみんな疑うの？」
「……不安だから」
「え？」
　イチの答えにビックリして、でも、訊くことはできなかったの。
　だって、入ってきたんだもん。深いキスと一緒に、下からも……その、何もつけてないイチが、ね？

　>>>つづきます。

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