ち にの ん jump.1-ichi


〜NAO's blog〜
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「 姉さん! 」

 僕は隣の部屋に住む姉の仕事部屋に入って、そこで化粧っ気もなくパソコンのキーボードに指を走らせていた彼女に怒鳴った。
「なによ?」
 気もなく振り返った姉さんは、まったくもって素のまま僕を見る。
 外で見る、姉・一之瀬弥生〔いちのせ やよい〕とは似て非なるもの。淑やかで従順、優しく器量もよく面倒見もいいとご近所さまの評判も高い上に「理想の嫁」ともっぱらの噂だ。
 僕からすれば、「どこが?」と問いたくなる。姉さんは、単に外面がいいだけで実際は優しくもないし(どっちかと言うと毒舌のほう)、従順でもないし(たぶんかなりの専制君主だ)、面倒見もよくない(根が面倒くさがりだからね)。
 器量は、まあまあ。でも、家と外では顔が違うんだよね……気合の入り方が見えて僕なんかはうんざりするんだけど。
「なによ、じゃないよ。ニノになに教えたの?」



〜 jump.1 〜


「ああ、べつにアンタに悪いことじゃなかったハズよ。誕生日、楽しかったでしょ?」
 なに、その、下品な笑い方?
 だから、嫌なんだ。清純そうな顔をして、姉さんはこういう下世話な話が大好きで……しかも、悪ノリをする。どんなことをしたのかは、昨日の夜のニノで大体の想像はできてるけど。
「そういう問題じゃないよ」
「あら? 否定はしないのね。そうよね……彼女、とっても 必死 だったもの」
 ケラケラと笑う姉さんは、心底楽しんでる。
 背もたれに腕を乗せ、手のひらで顎を支えると首をかしげた。
「ねえ? 聖也、あなた愛されてるのね……最初、本当に遊ばれてるのかと思ったけど。アンタ、そういうの似合うし。「お姉さん! どうやったらイチに喜んでもらえますかっ」なんてあの子真剣だったから、秘蔵のAV貸しちゃったわ」
 だから。
 ……どうしてそこでAVになるんだよ。
「姉さんらしいけど、本当に勘弁してよ。ニノ、信じやすいんだから」
 アレを基準にされたら、たまらない。僕もだけど、僕が彼女を壊しそうだ。
「意気地なしねえ……ちゃんと、伝えてるの?」
「何を?」
「好きとか、愛してるとか?」
「言ってるよ」
「言うだけじゃ伝わらないわよ? アンタたちって、イマイチちゃんと恋人同士ですって感じじゃないのよね、まだ。まあ、バカップルって感じはするけど」
「どっちなんだよ」
 僕は、眉を顰めた。
 恋人とバカップル、同じじゃないのか?
「違うわよ、馬鹿ね。お互いにちゃんと気持ちを伝えあってこそ信頼できる、ってモノでしょ? アンタとわたしみたいにね」
「気色悪いんだけど、僕と姉さんのはどうでもいいよ」
「可愛くないの!」
「上等だよ」
 姉さんに可愛いなどと思われれば、さらにこき使われてしまう。笑えない冗談だ。
「いいわよ、勝手にすれば? わたし、なんとなーくわかっちゃったのよね」
 意味深な流し目を僕に送って、くるりと背中を向けてしまう。こうなると、もう何も話しませんってことだ。
 ヘソを曲げたな、と僕は思った。
「とにかく、ニノに変なこと教えないでくれよ」
「はいはい。あ、今日の夕飯は豚の角煮がいいなあ。お願いね」
 姉さんのお願いは、命令と同じだ。やらないと、何をニノに吹きこむかわかったものではない。
 仕方ないな、と僕はため息をつく。すぐに準備しないと間に合わない。

「ぶっちゃけあえばいいのよ、アンタもあの子も」

 背中に聞こえた言葉に振り返ると、姉さんはすでに仕事に集中していて話しかけるスキはなかった。


 それから。

「なに、これ?」

 問うと、ニノがうかがうように僕を上目遣いで見る。
 彼女の手にあるのは、革製の拘束具で……およそ、普段の彼女からは想像できないいかがわしい類の道具だった。
「使って、いいよ? イチになら 何 されてもいいもの」
 って、ちょっと待って!
 ナニ、ってなんだ? うっ、いや……想像させるなよ。ニノ、スタイルいいから無駄に、その……似合うし、やらしいし、刺激的だし! 興奮する。目の前にあったら使うだろ? 男の性だよ、悪かったな!!
 ――翌日。
 姉さんに問い詰めたら「なによ? ソフトなヤツにしといたでしょ?」って飄々と言われた。
 そういう問題かっ!
 ソフトってなんだ? ニノにハードなヤツをやらせるつもりだったのか?
 くすり、と姉さんは笑った。ものすごく……嫌な、予感がする。

「アンタ、メイドのご奉仕に不満そうだったからね。顔に似合わずSなのかと思って選んだのよ? 気に入った?」

 やっぱり姉さんがすることはロクなもんじゃない! と僕は心の奥底から低く呻いた。



 もし、僕がニノに振られるとしたら……姉さんのせいじゃないかな?


 >>>つづきます。


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