12月25日、朝。
ドサドサッと今度は二度、大きな音が窓の外で繰り返された。 「 うるさいうるさいうるさーい! 」 台所に立つ朱美が、しゃもじをかかげて怒鳴る。 「うー、おはよー……お、かあさん?」 起きてきた息子・蒼馬が大き目のパジャマで眠たい目をこすりこすりやってくると、「おはよう」と椅子を向ける父親にぼんやりと訊いた。 「何に、おこってるの?」 よっこいしょ、と少し蒼馬には高い椅子に登って、座る。 すでに、菫の上には食べ終えたらしい食器だけが並べられていて、食後のコーヒーがやわらかな湯気をたたえている。 普段着のくずれた格好でありながら、菫は姿勢がいいせいか、いつでも落ち着いた……悪くいえばボーっとした印象を受ける。 コーヒーカップに手をかけて、「クリスマスだからね」と曖昧に笑った。 「クリスマスだから、おこってるの?」 さらに不思議そうに母を眺めて、蒼馬は首を傾げた。 幼い蒼馬からすれば、クリスマスは楽しいことばかりでイヤなことなんてひとつもないように思えるのだろう。きょとんとして、一生懸命考える。 そんな息子を目を細めて見つめて、 「ホワイトクリスマス、だと思ったんだってさ、今朝」 たまらず、菫はくすくすと声を立てて笑った。 積もった雪の落ちる音だと思ったのに、それは強風で翻〔ひるがえ〕る建設中の建物に掛けられたブルーシートの音だった。 期待を裏切られた朱美は、息子のごはんとベーコン・エッグをテーブルに出して「ややこしいのよ、あの音」と殺気さえにじませて訴える。 「期待させるなんて、罪作りだわ。そう思わない? 蒼馬」 「……ぼく。よく、わかんない」 雪の音じゃなかったからと言って、何が問題なのか蒼馬には分からなかった。困って隣の父を仰ぐと、物静かな彼は母親のそんな様子が面白くって仕方ないらしい。 おだやかにコーヒーを口にして、見守っている。 最後にお味噌汁を持ってきた朱美が向かい合う椅子に座ると、蒼馬は手を合わせて「いただきます」と彼女に言って食べはじめた。 「――蒼馬にもいつか、分かる時がくるわよ……恋愛をすれば、ね」 「れんあい?」 「そう、恋人同士には重要なのよ。雪が降るか降らないか、横切る猫が黒いか白いか、生理〔アレ〕がくるかこないかで決まるんだから」 「……ねこ? あれ?」 次元のちがう話で目を白黒させる蒼馬に、朱美はふふふと意味深に笑って言った。 「蒼馬ももう八歳だもの、教えてあげる。菫さんとわたしは五歳から相思相愛だったのよ……」 「そうしそうあい?」 また、知らない単語がでてきた……と幼い蒼馬はオウム返しに繰り返すしかない。 「 とても大切なこと 」 熱っぽく語って、朱美は眉を難しそうに寄せている(彼らからすれば)遅咲きの息子ににっこりと微笑んだ。 「心配しないで、簡単よ。だって蒼馬は菫さんとわたしの子どもだもの」 「ふーん、むずかしくないんだったらいいけど」 この日から繰り返される母の「のろけ話」が、父の他愛のない秘密の言葉〔まじない〕から始まったことを、蒼馬は知らない。
くりすます・エデン。5 <・・・ 6(終) ・・・> あとがき。
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