キッチンから、ココア入りのマグカップを持ってきた菫は、そのひとつを朱美の前に置いた。 「落ち着いた? お母さん」 「うん」 たはは、と照れたように笑うと、朱美は彼が用意したココアに口をつけて――。 「あ」 と、口を開けた。 自分の身体を触って、次にキョロキョロと辺りを見渡す。 「プレゼントがっ、あれっ?!」 立ち上がって、ぴょんぴょんと飛んでみる。が、「ない」と分かると、リビングを出ていこうとする。 扉に向かう朱美に、菫が声をかける。くすくす、と笑っている。 「朱美」 「ごめん、菫さん。ちょっと探し物……」 「って、 コレ のこと?」 「へ?」 振り返った朱美が、ビックリした。
「落ちてたよ、そこに」 ちょうど、今、朱美が立っている足元を指して言う。 むぅ、と口を尖らせると、朱美はテーブルに戻って菫から箱を受け取った。 「朱美?」 「………」 「顔、赤い よ」 唇を尖らせて、しかめっ面のまま朱美は「当たり前よ」と恥ずかしそうに菫の顔から目を背けた。 「もっと、早く言ってよ」 「………」 いや、まさか ワザ と黙っていたとは言えないなあ……などと、悪意なく思いながら、物静かな夫はおっとりと微笑んだ。 *** ***
朱美の用意したホワイト・デーのプレゼントは、ギュウギュウに詰まったピンクの――。
隣の菫が、笑う。 「マシュマロ?」 「だって、ホワイト・デーって言ったらそうじゃないの?」 笑う菫に不可解そうに首をかしげて、朱美は言った。 「そうだけど」 しかし、と菫はまじまじとそれを見る。――箱に詰めるだけ詰まった、ピンクのマシュマロというのもめずらしい。 くすくす、と楽しそうに笑うので、朱美はさらに渋面になった。 「そんなに、変?」 「まあね」 あんまりあっさりと、肯定されて朱美は不機嫌そうに彼を睨んだ。 菫はその視線をさらりと無視すると、ピンクのマシュマロを取り、まだ熱いココアに落とす。 じんわり、と蕩〔とろ〕けたマシュマロを口にすると、不機嫌な妻を抱き寄せた。 唇を寄せて、頑〔かたく〕なに閉じようとする朱美の唇を器用に開ける。 「んーっ!」 拒否しようとして、できない朱美は身じろいだ。 彼女の口内を優しく撫〔な〕でた菫は唇を離して、彼女を覗〔のぞ〕き込む。 「なんか、朱美。最近、変だよな」 「………そんなこと、ない」 あきらかに、動揺した黒の瞳に菫はさらに言った。 「蒼馬の件は置いといて、……なんか怒ってない? 俺に」 「………知らない」 つーん、と横を向いた朱美は、気づかない。 彼女の毛糸のセーターの腕に触れて、菫の手が動く。 「そ。だったら、仕方ない、か」 最近の朱美は普段は、まったく変わりないくせにこういう展開になると、妙に頑なだった。 最初は――普通に抱きついてくるし、笑うから――ただの気のせいか……とも、思ったのだが。 こうも態度が、険もほろろだと 問題 がある。もちろん、夫婦生活において、というか。 (――そろそろ、限界だし) と、本当は「こういう」無理強いは主義ではないと、菫の心の端が焦〔じ〕れた。
ホワイト・デーの午後。1 <・・・ 2 ・・・> ホワイト・デーの午後。3
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