ワイト・デーの後。1


〜Sumire and Akemi〜
 エッチ度=★☆☆☆☆
 1 ・・・> ホワイト・デーの午後。2



「いってきまーす!」

 金曜日の午後、4時。
 高崎町にある竜崎〔りゅうざき〕家に元気な男の子の声が響いた。かと思うと、玄関の扉が開き、竜崎家の長男・竜崎蒼馬〔りゅうざき そうま〕が飛び出してくる。
「あ、こら! 蒼馬!!」
 続いて飛び出してきたのは、黒髪を頬の辺りで短く切りそろえた母、朱美〔あけみ〕。
 蒼馬のまだ細い少年の腕を引っつかむと、何かを渡そうと躍起〔やっき〕になる。
「もう! 強情な子ねっ。このわたしに黙って日向〔ひなた〕ちゃんからチョコ貰〔もら〕っていたのは、分かってるんだから。――持っていきなさい」
「だぁからっ!」
 頬を赤くした照れ屋な少年は、反論しようとして黙る。
「何よ? 日向ちゃんから情報は得てるんだから、言い逃れしようとしても 無駄 よ」

 ふふん、と胸を張ると、朱美は子ども相手に勝ち誇った。
「――あの、バカ」
 ぽつり、と蒼馬は呟いて、ほんの少し顔をしかめた。
「アレは、そういうチョコじゃないんだって……母さんは、分かんないかもしれないけど、さ」
 息子のはっきりしない物言いに首をかしげて、朱美は「変ねえ」と息をつく。

「何が?」

 母の言葉に、次は息子がその首を傾〔かたむ〕けた。
「日向ちゃん、あんたのチョコにはすっごく力を入れたって言ってたのに……そうじゃないの?」
「げ!」
「何よ、ソレ?」
 少年の失礼な反応に、眉を寄せて朱美は戒めた。
 蒼馬の手の甲をつねると、肩をすくめる。
「ホント、日向ちゃんもこんなオクテな相手じゃ、チョコ渡しても甲斐〔かい〕ないわよねえ」
「……ほっといてよ」
 はぁ、と息を吐く蒼馬は、疲れたように呟いた。そして、母の差し出したリボンのついた箱を改めて突っ返す。
 朱美は怪訝〔けげん〕な顔をする。

「いらない。……ちゃんと、自分でやるから」

 目を丸くして、朱美は突っ立ったまま「そう?」と小学三年生の息子を見送ると……、しばらくして「あらあらあら」と慌てて、家に駆け込んだ。


   *** ***


 ばたん、とリビングの扉が開き、朱美が駆け込んできた。
 本日は半ドンで会社から帰宅した夫が、不思議そうに雑誌から目を上げる。
 仕事柄、雑誌の種類はほとんどがファッション誌であったが、時々経済誌やゴシップ誌……息子の読みかけのマンガなども嫌いではないらしい。

「菫さん、菫さん、菫さーん!」

 顔を上げた彼が見たのは、頬を上気させて抱きついてくる妻だった。
 ソファに座る菫〔すみれ〕の胸に飛び込むと、ぎゅぅぅぅう、と背中に腕を巻きつけてくる。
 そして――。
「どうしよう、菫さん」
 と。ふかいため息をひとつ、こぼす。
 胸に顔をうずめる朱美に、菫は困惑した。
 とりあえず、手に持っていた雑誌はテーブルに置くしかなさそうだが。

「朱美?」
「蒼馬って、やっぱり菫さんの子どもだわ……」
「………何か、あった?」
 扉のところで、ぽろりと落ちている箱を見て菫は訊〔き〕いてみる。

(――なんとなく、察しはつくけど)

 苦笑して、ポンポンと朱美の背中を叩いた。


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