菫はキャスター付きのチェストの二段目に、手を伸ばし探ると「あれ?」と首を傾げた。 「朱美」 「ふあ?」 彼女の思考回路は白い砂漠を旅している様子だった。裸身に毛布を巻きつけた格好で寝返りを打つと、チェストに屈む夫を見る。 「チョコは?」 確かに 、ココに入っていたはずの朱美から彼への「バレンタイン・チョコ」がない。 「知らない」 ツン、と明後日〔あさって〕の方向を見やると、朱美は冷たく言い放って背中を向ける。 どうやら、まだ根に持っているらしい。 「――なるほど」 合点がいくと、菫はとりあえず目的の箱を手にベッドに座りなおした。
彼女は、今夜こうなるのを最初から許していた。 菫はチョコを見つけた時点で、その意図を確信している。 ただ、違ったのはそれを知るのが前か後かという時間的な問題だけだった。朱美にとっては 重大なコト だったのだが、生憎〔あいにく〕なことに菫には通じない。 「食べときゃ、良かったな……」 「ご愁傷様」 毛布の中から言った朱美を、菫が色素の薄い瞳で見つめる。 「 いただきます 」 「 ! ナニ言ってるのっ??」 「分かんなきゃいいけど、ね」 そう言って、にやりと笑う。 箱を開けると、コロリと何かが落ちた。 「え?」 コロコロとベッドに転がったのは、茶色くて丸いモノ。 それは、もちろん――。 「 チョコ? 」 「………」 「朱美?」 「……おどろいた?」 背中を向けたまま、朱美は嬉々と輝く目だけを菫に合わせる。 「ねえ、驚いた? 菫さん」 「うん……ぷっ」 頷いて、その妻のイタズラに噴き出してしまう。 なんて他愛のない……しかし、最高の不意打ちだろう? ぱくり、とチョコを口に含むと、ビター・チョコのほろ苦い味が溶ける。 そのまま、彼女の背中にキスをすると、チョコの深みのある茶色いマークがついた。 「やだ! きたないなー、もうっ」 ふにょん、と背後から抱きすくめ彼女の胸に触れる。 「ひゃっん!」 くすくすと笑ったまま、菫は彼女の唇に唇を合わせ、まだチョコの残る舌を差し入れた。 「ぅん……んん」 チョコの味を共有する。と、スイと唇は離れた。
「す、みれさん?」 背後から頬を寄せたまま、菫は囁いた。低くて、よく通る……静かな声。 「――甘かった?」 「うん……」 彼女の肩に唇寄せると、背中についたチョコを舐〔な〕める。 「俺も……甘かった。最高かも」 背後から彼女の二つの膨らみを手にする。手にあまるほどの大きさで、その桃色の蕾は十分に固くて心地いい。 親指で少し、強く押しつぶす。 「ちょっ……ひぁっ! ま……ぁんん」 彼女の願いは聞き入れられない。というか、彼女のそれは 嘘 だ。 菫の右手は、胸から下へ――彼を呼んで泣いているトコロへするりと伸びる。 「朱美」 「んん! ぁん……暴れないで! もう!」 「朱美」 「え? なに……いま、すごいんですけどっ」 背後からでは埒〔らち〕があかないと踏んだのか、朱美をベッドに押し付けて菫は彼女の上になった。 「うん、分かってるから――ちょっと、教えてほしいことがあるんだ」 「ん……え?」 思いのほか、真面目に問われて官能に酔いはじめていた朱美は戸惑った。 「箱の 中身 はどうしたんだ?」
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