「イ・ヤッ!」
菫の胸から逃れようと試みる朱美は、即答で拒否した。菫の危惧もむなしく、彼女はすっかり拗ねてしまっていた。修復はまず、正攻法では無理だろう。 「――ッ」 びくり、と朱美の身体が緊張する。夫の胸から顔を上げた状態で、キッと彼を睨む。 涼しい顔をした夫は、妻の風呂あがりの寝巻き……だぼだぼとした厚手の服の裾から、裸の背中に手を滑りこませて微笑んだ。 「きゃっん!」 冷たい指が背筋をスッと走り、ゆっくりと戻る。ゾクリ、として朱美は思わず声を出した。 「イヤッ!」 ドン、と菫の胸を叩くと腕から逃れようと、ジタバタと手足を動かした。 「やだってば! 菫さん、サッサとお風呂に入って来たら? わたし、寝とくからっ」 「駄目だよ、……風呂には入るけど、寝かさない」 「 ! 」 「ちゃんと、 驚く からさ……」 ドンドンと胸を叩く彼女の腕を片方掴み、片方は服の中から彼女の背中を撫でる。 「んっ! ……っん、んー!!」 顔を背ける朱美の唇に無断で唇を寄せると、必死に閉じようとする口を開けさせて舌を入れた。逃げようとする彼女の舌を、追いこみ絡〔から〕める。 「っん、んん」 そのキスの前から激しい抵抗を続けていた朱美は、すぐに苦しそうに息を洩らす。ほとんど、酸欠状態になって頭の中は真っ白だった。 ベッドへと押し倒された時には、もう身体が思うように動かなかった。 (……これは、酸欠なんだから、だから。 仕方ないのよ――…) 電気は煌々〔こうこう〕とついている。朱美を押さえつけた菫の顔もはっきりと、逆光の中、見える。 その色素の薄い瞳に、口をへの字に曲げる自分が映っているのまで鮮明に……。 彼はフッと背中に忍びこませていた腕を下げ、捕っていた朱美の手を解放する。 と、代わりにその手を寝巻きの裾から彼女の胸に伸ばした。彼女の背中を徘徊していた腕は、自分の身体を支えるため脇につく。 「ふふ」と笑った菫に、朱美がぼんやりとした声で訊いた。 「 なぁに? 」 「いや、豊満だなーと思ってさ。スレンダーな朱美もいいけど、こういうのもいいね」 ぽかん、と菫を見ると、朱美は頬を染めて言う。まだ、少し不機嫌な顔で。 「蒼馬の時もしたじゃない。なに言ってるの?」 「ん。だから、新鮮だろ?」 何しろ、その息子・蒼馬は現在小学3年生……つまりは、9年ぶりの体験なのだ。 「アッん!」 ふにょ、と強く掴まれた刺激で朱美は声を上げた。ゾクゾクと何かが走る。 去年次男・由貴を出産して大きくなった胸は、当初より幾分こぶりになってきたとは言え普段よりも1.2倍くらい大きめで菫の手におさまらない。 その頂きが、今はチリチリと熱い。 「朱美、感じてる?」 むっ、と唇をすぼめると、朱美は一呼吸息を止めた。 「感じてるわよ、悪いッ!?」 にこり、と菫が妖艶に微笑んで「悪くない」と囁〔ささや〕いた。
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