夜、仕事から帰ってきた父・竜崎菫〔りゅうざき すみれ〕の手には、大判の紙の手提げ袋が提げられていた。 「うわー、父さん。コレ、全部チョコレート?」 「ん、らしいよ。僕もまだ見てないけど……」 小学三年生の息子・蒼馬〔そうま〕に手渡しながら、菫はコートのボタンを外しマフラーをゆるめた。 「おかえりなさーい」 と。 息子よりも少し遅れで玄関まで出迎えに来た母・朱美〔あけみ〕は、パタパタと健康ツボ押しスリッパを鳴らしながら子どもよりも子どもらしく声を弾ませる。 「あら? あらあらあらあら」 駆け寄って、息子の手の手提げ袋に顔を近づけた。 「今年も盛況ね〜……でも、妙よねえ? 菫さんがモテるなんて」 聞きようによっては、タイヘン失礼なことをサラリと言うと、首を傾げた。
息子はゲンナリとすると、母を見上げて言った。 「母さん、ソレよりチョコ渡さないの?」 きょとん、と朱美は蒼馬を見ると「あげないわよ」と、さも当然のように答えた。
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さて、早々に息子たちを寝かしつけた夜9時。 お風呂から上がった朱美は洗い髪をタオルで押さえながら寝室に入り、目を瞠〔みは〕った。部屋で風呂待ちをしていた菫が、ベッドに腰掛け今しも チョコ を食べようとしていたからだ。
「アーッ!」 その大絶叫に仰天したのは、菫。 ポロリ、とチョコを取り落とすと、朱美に駆け寄り口を塞〔ふさ〕いだ。もちろん、唇と唇で。 「ん、んーっ!」 あまりのキスの執拗さに朱美は彼の胸をドンドンと叩く。 ようやく彼が離れた時、ハアハアと彼女は声を出すに出せない状態に陥〔おちい〕っていた。 「朱美、蒼馬たちが起きる」 「な……で、食……るの………か、く……た、…のに………ハァ」 立つこともままならない朱美の身体を支え、胸に抱いた彼女の発する不明瞭な言葉に菫は奇跡的な読解力を施して返事をした。 「だって、朱美。 例の 棚に隠してただろ? さっき、確認しようと思って開けたら見つけたんだ」 「 ひどい! 」 がばっ、と顔を上げると、何とか息を整えた朱美は菫を睨〔にら〕んだ。 「ひどいひどいっひどいぃぃ、人が、せっかく驚かせようと、してるのにッ!」 まだ少し、息が乱れる。 朱美がムキになればなるほど、菫は微笑みが漏〔も〕れて思わず声を上げて笑った。 「笑うところデスカ? ココはっ?! 菫さんん!」 涙さえも浮かべて訴える妻に、夫はくすくすと笑ったまま……提案する。 このまま、ヘソを曲げられても困るしなー、と。 「ごめん、って。じゃ、忘れるからさ。そして、驚くよ――いい?」 菫のこの言葉は、ある点で嘘ではなかった。 チョコを見つけた時、確かに彼は驚いたのだ……特に、 アノ 棚に隠してあるとは、つまり。
1 ・・・> 竜崎家のバレンタイン。2
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