――それは、数ヶ月前の水野陽平が企画担当した子供服のショーの時まで遡〔さかのぼ〕る。
「 ひとつ、条件があるんだけど――いい? 」
と、陽平に次の企画……子供服と紳士服、婦人服の合同で進めている大規模なブライダル・ファッション・ショーのモデルとして出演要請を受けた朱美に、菫が交換条件を出してきた。
もともと、菫は朱美のモデル出演を彼の独断と権限を武器にことごとく(彼女に黙って)断っていただけに、今回のコレにも難色を示していた。
が。
陽平が直接、朱美に依頼したこともあり。
朱美が「やりたい!」と強く望んだこともあり。
「ブライダル・ファッション・ショー」ということもあり。
ある、条件の下に許した。
その 条件 こそが、今回の 約束 。
「母さん、落ち着きなよ……いっぱいあるんだからさ」
華やかなブライダル・ファッション・ショーが、ささやかなアクシデントはあったものの無事に成功をおさめると、そのまま関係者による打ち上げが行われた。
『苑』の会社関係者から有志の一モデルまでという、ざっくばらんな立食パーティに朱美は爛々と目を輝かせた。
長男・蒼馬の至極当たり前な言葉にも耳を貸さずに、あまつさえ睨みつけて黙らせる。
「なに悠長なこと言ってるのよ! 蒼馬。こーいうのはね、戦争なのよっ」
ぐわし! と紙皿とフォークを手にして意気ごむ。
「蒼ちゃんのお母さんって、カッコいー」
おっとりとした日向の声に、蒼馬は脱力し、朱美は上機嫌で応えた。
「ふふふ、ありがとー。蒼馬、日向ちゃんをちゃーんとエスコートするのよ? じゃっ!」
無責任に言い置いて、長男を置き去りにする。
「ちょっ、母さん! ……何考えてるんだよ、一体」
置き去りにされた蒼馬は日向と顔を見合わせて、ハァとふかくため息をついた。
しかし、まあ。
ふわり、と笑う日向が無邪気に楽しそうだったから、蒼馬もなぜだか笑ってしまった。
*** ***
菫の手にある金属の小さな何かが、カチャリと音を立てた。
一文字シスターズの面々は、耳聡くその音を聞きつけてきゃわきゃわと騒ぎ立てる。
「竜崎さん、どーして衣裳室の鍵なんて持ってるんですか?」
「ああ、ちょっと」
響子の問いに、淡く微笑んで言葉を濁す。
「あー! なんか隠しているでしょー! 怪しいっ」
「気になるじゃないですかー」
ズビシ、と指を突き刺して訴えるつなみを加世と瞳子が取り押さえ、おっとりと早奈恵が再度たずねた。
「何か、いいことあるんですか?」
と、菫はびっくりしたように目を瞠った。
「どうして?」
「だって、竜崎さん、すっごく嬉しそうだから」
「森さんって、 案外 鋭いね」
すぐにごく普通の顔に戻って、菫は真面目に言った。
「それって、何気に失礼ですよ。竜崎さん」
「そうそう、確かに見た目こんなんですけどねー早奈恵は」
「ひどーい」
ぶー、とふくれるメイクにスタイリスト、音響、照明、ヘアリストのそれぞれが笑ってからかった。
と、その時。
「菫さーん」
背後から駆け寄ってきた朱美は……「あれ?」と小首をかしげた。
「由貴はどうしたの?」
菫にあずけていたハズの次男坊がいないのに不審を抱いて、長身の夫を仰ぐ。
「水野がみてくれるってさ、大丈夫。由貴も慣れてるし、あいつは結構子ども好きだから」
子供服担当なだけに、その菫の言葉は説得力があった。
「でも――そんなの、悪い」
「いいからいいから。元はと言えば、あいつの勧誘が発端なんだから、協力してもらわないと、ね」
「……協力って、なんの?」
朱美はきょとんとして、思い出す。
『 約束 』
途端、狼狽〔うろた〕えた。
「朱美のことだから、キレイ さっぱり 忘れているとは思ったけど」
「う。でも……いま?」
「うん、そう」
半信半疑の朱美は「まさか」と思いつつ、コクリと素直に頷くおっとりとした――しかし、真剣な熱を帯びた菫に愕然とした。
「 いま、しかないんだ 」
と、彼は静かに キッパリ と言い切った。
竜崎夫妻が消えた後、一文字シスターズは途端に色めきたった。
「なに、なに?! あの意味深な会話っ」
「 約束 とか、 腹ごしらえのあとの運動 とか……聞き捨てならないわね?」
「よく分かんないけど、怪しいわよ」
それぞれにコクコクと肯定を示すと、顔をつき合せて思案した。
衣裳室を目指すべきか、どうか。
「……水野さんね」
「賛成!」
響子の提案に、全員一致で即決した。
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