音響担当の一〔にのまえ〕つなみと照明担当の菅加世〔すが かよ〕、二人の途中報告会は舞台の正面に位置する「管理室」で行われた。
「――仁王立ちしてたのよ」
と、つなみが呟いたので、加世はびっくりしてふり返る。
機材の調整をしながら、さらにつなみの話は続いた。
「竜崎さんと話してたらさ、ちょうど来たのよ……花嫁姿の奥さんが。で、赤ちゃんを抱いて仁王立ちしてたのね」
『 こんにちは 』
つなみに挨拶をしつつ、その目は後ろにいる菫を睨みつけていたから、さあタイヘン。
「思わず自己紹介しちゃったわよ。『音響の菅でーす』とか言ってさあ」
「……どうでもいいけど、なんで そこで 他人〔ひと〕の名前を騙〔かた〕るのよ」
「いや、なんとなく。 掴み は必要かなと思って」
「 掴まなくていいから 」
――そして、それから花嫁の腕に抱かれた赤子に興味がいって、抱かせてもらったりしていたら、とんでもない時間になっていた。
それも、菫の「一くん、準備は大丈夫なの?」というのんびりとした問いで気づかされたことで、なければ延々と油を売っていたことになる。
……恐ろしい話だ。
自覚したつなみが急いでその場を辞退しようとしたところで、遅い音響を探しにやってきた加世と合流し今に至る。
ショーの時間が押し迫っていたこともあり、加世はすれ違うていどにしか花嫁姿の奥方と会っていないが……「なるほどね」としたり顔で納得する。
「どーりであの時、妙な空気だと思ったわ」
「やっぱり? 竜崎さん相手に『女ったらし』だとか『スケベ』とか『バカ』とか連呼してたもの。奥さん」
苦笑いを浮かべるつなみに、小首をかしげて加世は静かに呟いた。
「――それはまた、竜崎さんに ひどく 似合わない単語ばかりねえ?」
「 でっしょー! 」
と、つなみがマイクを握って絶叫した。
キーン。
場内がものすごい絶叫に一時、黙りこんだ。耳を押さえながら、誰かが怒声を上げる。
(たぶん、あの声は課長だな)
と、菫は思った。
「………」
そんな中、舞台での最終リハーサルを終えても、朱美のご機嫌はいまだ戻っていなかった。
ツーンとすました彼女を横から眺めて、その衣装に手をかける。
「んなっ?!」
和服の袂をイメージした鋭角的な袖を急に持ち上げられて、朱美は目を吊り上げてふり返った。
肩を見せるように大きく開けられた襟元に、目を細めて、
「そーいうそそる格好で、そういう顔されても誘ってるとしか思えないんだけど? 朱美サン」
喧騒の最中、菫はかすめるように戯れのキスをする。
唇を奪われた朱美は彼の早業に呆気にとられ、次に不機嫌に口をへの字に曲げた。
「もうっ バカ! 口紅がはげちゃうじゃないないさっ」
現実的な不平を洩らして、むくれる。と、真剣な菫を見て瞠目した。
戸惑う彼女を舞台袖の死角に引きこむと、今度は深いキス。
「ぎゃっ」と袖から奇妙な声が上がったが、幸いにも本番が迫っている舞台では誰も気にとめる者はいなかった。
「何、その声」
ぶあつい暗幕にくるまって、くすくすと笑う菫に真っ赤になった朱美が唸った。
「す、菫さんが妙なトコロ触るからでしょ!」
キスをした瞬間に、どさくさ紛れに胸を揉まれて朱美はたまらなかった。
「だって、朱美が誘うから」
「誘ってない誘ってない」
ブンブンと頭を振って否定する。
怒りも忘れるほどの、甘い刺激。
思わず、官能へのスイッチが入りそうになって慌てて押しとどめる。彼に対して怒った口調になるのは、怒りよりも自制の方が原因だった。
(菫さんが遊びのつもりでも、わたしのエッチな身体は反応しちゃうんだからさっ――)
ごめんごめんと謝る彼を睨みつけ、そうでもしないと疼きそうな身体を叱咤した。
ふっと、露になったうなじに息を吹きかけられ、ゾクリと粟立つ。
「 ひゃぁぁ! 」
飛び退ろうとして朱美は、できなかった。
閉じこめられた暗幕の中、上の方でガシャガシャとレールのしなる音だけがする。
間近で、紫がかった目がゆっくりと訊いた。
「 約束 、覚えてるよね? 」
と、それは燃える菫の本気の眼差しだったから、トキンと胸が大きく鳴った。
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