鏡の中に映る自分の姿を見て、竜崎朱美〔りゅうざき あけみ〕は「うわー」と呆けた声をあげた。
そんな鏡の奥から、若いやわらかな雰囲気の女性が顔をだして、朱美の頭を支えて笑う。
「どうですか?」
と、彼女……服飾関連企業『苑〔えん〕』のメイクとして勤務している森早奈恵〔もり さなえ〕がブラシで朱美の頬を整えながら訊いた。
*** ***
『ウィンター・ミルキーウェイ・ブライダル−TANABATA−』
と、銘打たれた『苑』主催のブライダル・ファッション・ショーの会場の外では、年末も押し迫ったクリスマス・イブが冷たい外気の中、街を彩っていた。
初めてモデルとして参加する朱美にとって、飛びこんだ先のファッション・ショーはまるで、別世界のように映った。
季節感をすっとばしたテーマも。
華やかな衣装も。
人々の熱気も……胸をこの上なくワクワクさせる。
もともと、お祭り体質の彼女のことなので、当然といえばトーゼンの反応だった――。
「 花嫁みたい 」
至極真面目な朱美の答えに、一瞬早奈恵が目を見開いて黙り、くすくすと笑い出す。
「そーですね。一応、そういうコンセプトですから」
「そうなんだけど! なに、コレ。可愛いわ!!」
立ち上がって、べったーと鏡に張りつくとマジマジと自分の顔を堪能する。
あたたかなオレンジの色合いでまとめられた顔に唇は初々しいピンクのグロスが光り、アイシャドーはアクセントでパステル調の緑色を使っている。
その目を瞬〔しばたか〕かせると、さも「びっくり」したとばかりに目を見開く。
頬のあたりで切りそろえられた黒髪のツヤも、いつもより天使の輪が神々しかった。
「さすが、プロよね。すごいわー」
年上のはずなのに、子供のように無邪気な彼女を早奈恵はじっくりと眺めた。あとの「報告会」でみんなに連絡しなければいけないからだ。
(竜崎さんの奥さま、かあ)
少し前、会社でにチラリと目にした影を思い出す。
好奇心と、わずかの嫉妬をこめて見つめていると、朱美が予告なく早奈恵をふり返った。
「森さん、ありがとうございます」
「いいえー」
幸せそうに礼を告げた想い人の一の人に、早奈恵はやわらかに微笑んで……ちょっぴり切なくなった。
リハーサルの合間にある休憩時間に、早奈恵とスタイリストの篠響子〔しの きょうこ〕、ヘアメイクの流瞳子〔ながれ とうこ〕が集まって途中報告をする。
「だってさー、ホントにごく普通なのよ。そりゃ可愛いけど……」
と、早奈恵が浮かない顔をして訴えるのを、響子も瞳子もコクコクと頷いた。
「確かに、竜崎さんの奥さまにしては「元気さ」以外は フツー よねえ」
「納得いかない、かな? 今は ね」
三人は顔を見合わせて、引き続き観察という名の審査を決行することを目で確認した。
万が一、このショーが終わる頃になっても自分たちの納得のいく竜崎夫人の良さが発見できなかった場合は、彼を本気で誘惑することもやぶさかではない……と思っている。
ただ、問題は――。
(本気で誘惑したとして、竜崎さんが相手にしてくれるかどうか……なんだけど)
互いに同じ思惑に思い至ったのか、それぞれに深くため息をついた。
リハーサルの待ち時間、待機場所と化した舞台に続く廊下で音響担当の一〔にのまえ〕つなみが一際よく通る声で歓声を上げた。
「かわいーカップルですねー」
と、真っ赤になってブンブンと否定する少年と、きょとんとなった猫っ毛の少女を前に仕事を忘れて立ち止まり、つたたとそばまでやってくる。
「竜崎さんは、相変わらずお似合いですっ」
握り拳で訴える彼女に、書類を手にしながらシッカリと衣装の準備も整えた菫が微笑んだ。
「一〔にのまえ〕くんか」
手早く書類の確認をしながら、彼女の言葉を社交辞令と受け取って軽くあしらう。
「あの男の子、噂の竜崎さんのお子さんですね。かわいー」
「はは、ありがとう。でも、褒めても何もでないよ?」
「そんなんじゃないですよー、本気で思ってるんですからあ」
「さあ、どうだろうね?」
くすくすと、書類から目を離さずに静かに笑う彼に、つなみはぷーと頬をふくらませて抗議する。
わざとなのか、天然なのか。
菫は彼女たち……一文字シスターズのあからさまなアプローチを「本気」とは受け取ってくれなかった。あくまで「お遊び」の領域だから、笑ってくれるに過ぎない。
それが、分かるから踏みこめない。
つなみは「ちぇー」と舌打ちして、菫の顔を上目遣いで垣間見る。
色素の薄い髪に、うっすらと紫が混じった魅惑的な瞳。端整で物静かな横顔は、とても一介の営業とは思えなかった。
人員不足が幸いして、自らファッション・ショーの舞台に立つこともある彼……今回の舞台も例にもれず……だが、そうでなければ宝の持ち腐れだったかもしれない。
「竜崎さん」
「うん?」
「奥さまは? 今日は一緒に出られるんでしょう」
「あー、たぶんアイツと一緒だろう?」
「アイツ?」
「水野」
「ああ、なるほど」
端的な菫の答えに、つなみは子供服担当の営業企画部員を思い出して、納得する。
「蒼馬との立ち位置の説明とか受けているはずだから……そろそろ、こっちに来る頃だとは思うけど」
と、菫は喧騒の中、近づいてくる足音に顔を上げて、わずかに目を細めた。
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