「 何がよ? 」
じっとりと半眼に三役を見据えると、朱美は低く呟いた。
黙って聞いていれば、人を 害虫 か何かのように言いたい放題。その上で、この扱いは神経を逆撫でする。
( 絶対 、ワザとだろうけど!)
ただでさえ、参っているのに……コレではケンカを売ってしまいそうだった。いや、むしろその懸念は遅かった。
(あ、ダメだ)と思った時には、視界が歪んでいた。
「このうすらボケ禿〔は〕げちゃびん」
「――禿げちゃびん?」
聞きなれないフレーズと彼女の涙に、爺三人はピシリと固まった。
朱美の背後では、菫が可笑しそうに吹きだして、その涙を拭ってあげる。
「あんたたち、三人のことよ。わかる? うすらボケ禿げちゃびん 馬鹿 !」
指をさして、復唱すると老人はようやく言語を理解しはじめた。
見慣れない彼女の涙を見たせいか、思考回路がおかしい……とはけっして思いたくない、ジジイ三人は必死にいつもの調子で訴えた。
「禿げちゃびん……な、なんですか、ソレは」
うろたえてみたり、
「指をさすのはやめてください、指をさすのは。失礼ですよ」
威嚇してみたり、
「しかも、なんか 一言 増えてますし」
気を紛らわせてみたりしてみたが、ショックなものはショックだ。
三人は気丈に振る舞いながら、クラクラと回る頭を抱えて互いに支えあう。そして、またもハモった。
「 お、覚えていなさい、朱美さん 」
ヨヨヨと肩を寄せ合い、朱美の言葉に意味は理解できないものの、醸〔かも〕しだされるその「 マヌケ 」さと独特のニュアンスに、ひどく傷ついた……と思いたい、老体三人は心の臓を押さえてフラフラとその場を立ち去った。
「ほらあ、どうするのよ。菫さん……」
朱美は曇天を仰いで、時折吹く突風を涙目で睨む。
けれど、隣の夫はふわりと笑って、可愛い妻の目ににじんだ涙へとキスをする。
「大丈夫だから、泣かないで」
そんな彼が憎らしくて、朱美は恨みがしく言った。
「菫さんのその自信はどこから、来るワケ?」
「そりゃあ、結婚式だからね。大丈夫、朱美は祝福されてるから……ホラ」
彼の指し示した方向を仰いで、朱美は「あっ」と声をあげた。
すると、背後からさらに声がかかる。
「あけみー」
お堂から飛び出してきた彼女の母が、パタパタと駆け寄って笑顔で告げる。
「お父さんから、電話よ! 今、空港についたって」
雲間から光が射して、嵐の終わりを報〔しら〕せた。
季節はずれの台風と、じつは 異変 はもうひとつ。
*** ***
ざわり。
空港で外を眺めていた会沢美彦〔あいさわ よしひこ〕は、電話に出た久方ぶりの元気な娘の声に口元をほころばせて言った。
『お父さん?』
「ああ、おめでとう。朱美、おまえのとこでも咲いてるか?」
『え?』
「 サクラ 」
撮りたいなあ、と幻想的な乱れ桜の狂い咲きに、美彦は目を細め、娘の写真の一枚にこの桜吹雪の光景がくわわることを確信した。
神様、お手をどうぞ。5 <・・・ 6(終) ・・・> あとがき。
|