ザワワワワ。
轟音とともに、ご神木を暴風が駆け抜けていった。
季節はずれの台風に、宇佐美孝司〔うさみ たかし〕がヒューっと唇をならして、白無垢姿で踏ん張っている花嫁に言った。
バタバタと翻る純白の袂。
「さっすが、朱美姐さん。こんな日に結婚するなんて、似合いすぎだよ」
「他人事だと思って」
ニヤニヤと笑う孝司を、恨めしく睨んで唸る。
「まあまあ、風だけでよかったじゃない。交通網だってそんなに乱れてないだけ、幸運だわ」
「まーなー、そういうトコ姐さんと旦那らしいっていうか」
「……孝司くん、一言多いよ。早由紀、あんたの弟でしょ、なんとかしてよ」
「えー? 無理 」
即答で断言されて、朱美はうなだれる。
(無理、ってなによ。無理って)
「あっはははは、悪い悪い。にしてもさ、聞いたよ? 朱美さん」
「……なにを?」
「五ヶ月なんだって?」
「 ぶっ 」
ふき出して、朱美は彩伊〔さいか〕女学院時代のクラスメートである友人・早由紀を見た。
「ごめーん、言っちゃった」
「「言っちゃった」って、ちょっと……はー、もう。ホントにあんたたち姉弟ってば筒抜けなんだから」
「だってー」
手のひらを合わせて舌を出す早由紀は、悪びれずに笑う。
反対に、孝司が迷惑顔で訴えてきた。
「朱美姐さんも相談相手は考えた方がいいぜ。はっきり言って、早由紀姉はダメだって……その手の話を俺に訊いてくる時点で役に立たないから」
「えー、そんなことないって!」
早由紀のどこからくるのか、自信満々な反論に朱美はひとつ、気になることを訊いてみた。
「訊いたって、なにを?」
「 子どもの作り方 」
「なー? 絶対、役に立たないだろー」
(って言うか、そんなことを 弟 に訊いてどうするのよ)
孝司くんのことだから、早由紀が理解できるまで懇切丁寧に説明しているんだろうけど……。
と、朱美は想像して何とも言えない顔をした。
「で、旦那は?」
孝司の問いかけに、朱美は「さあ?」とそっぽを向いて「知らないわ」と冷ややかに答えた。
「孝司、孝司……あっち」
声をひそめて早由紀が弟の袖を引っ張って指し示した先に、納得の理由があった。
「ははあ! 相変わらずモテるね、旦那」
紋付袴の長身は、よく目立つ。
彼の持つめずらしい色の髪と瞳が、その周りでだけ嵐の風をおだやかに映しだしていた。
向陽大学奇術サークル「メッフェ・ブランシュ」の先輩でショーレディをつとめる斎木亜矢〔さいき あや〕を筆頭としてやわやわと集まる女性陣に、輪中の新郎はいつもと変わらぬおだかやな表情で談笑している。
カメラを向けられているところを見ると、記念撮影でもねだられているのかもしれない。
朱美はむくむくとふくらむヤキモチに、顔をそむけた。
( 菫さんの、カバ )
「姐さん、姐さん!」
「なによぉ、……わたしは早由紀じゃないわよっ!」
孝司の執拗な呼びかけに、朱美は見たくもない方向へ的の外れた八つ当たりをする。
が、いきなり肩を引き寄せられる。
「 ぅ わっ! 」
( な?! )
抱き寄せられたかと思うと、目がくらむフラッシュにポカンとする。
「はい、笑って」
ぴーす、をする上機嫌の新郎にその胸にぶつかったご機嫌ナナメな新婦も思わずつられて見返り、カメラへと極上の「ぴーす」を向けた。
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