色鮮やかなステンドガラスと、光降る厳粛な白の空間。
参列席の中央に敷かれた朱色の絨毯の感触を靴の裏からも感じて、朱美はバージンロードを歩く菫をナナメ後ろから見上げた。
もうすぐ、この人と結婚するんだ……と思うと、やっぱり照れるし、相応の不安もある。
繋いだ手だけが、確かな約束のようでしっかりと握った。
短い階段をのぼって宣誓台まであがると、菫がふり返ってくる。
「なに?」
と、首をかしげられて、朱美は困った。
「え?」
「さっき、手握ってきたから……何か、僕に言いたいことでもあるのかと思って。不安?」
紫がかった彼独特の眼差しに目がそらせずに、朱美は息をのんだ。
( どうして、菫さんってこんなに鋭いんだろう )
いつもはぼんやりとしていて、どこか捉えどころがないのに――反面、予期もしない決断をするから驚かされる。
今回のことも、そうだった。
「本当にするの? ここで結婚式」
「もちろん」
こっくりと頷く彼に迷いはなくて、朱美は嬉しいのに素直には喜べなかった。
「でも、わたし……こんな格好。あの、三役ジジイだって結婚式は白無垢だって言ってたじゃない」
「朱美」
黙って、と菫の指が彼女の唇を止めてなぞる。
「爺様方のこだわりにも勿論、付き合うよ。白無垢も悪くないし……でも、君のウェディング・ドレスは僕が見たいから」
「 嘘 」
むぅ、と唇を尖らせて朱美は菫のおだやかな顔を睨んだ。
「なんで?」
くすくすと笑う彼に、朱美は「だって」と顔をそむける。
それは、「結婚」の二文字が具体化して三役ジジイどもを交えて話し合った時のことだった。
彼らは、口々にこう言ったのだ。
『朱美さん、お分かりでしょうが』
『わが竜崎家は伝統的な家系です。例外は許されません』
『結婚式は、竜崎家が取り仕切ります。いいですね?』
それは、ちょっとした不満。
特に「ウェディング・ドレス」に憧れていたワケではなかったし、……べつに「白無垢」だって構わなかった。
なのに強要されるのと、されないのとではちがっていて、どろどろとした天の邪鬼〔あまのじゃく〕な感情が生まれた。
この感情が自分の ワガママ だってことは十分わかっていたから……口にもしなかった。
言うつもりもなかった。
けれど。
朱美は身にまとった純白のウェディング・ドレスに触れて、すこし広げて感触を確かめる。
(こんなの、着るつもりなかったのになー)
と。
隠していたハズの感情が、隠すべき一番の相手にはバレていて、この式場を予約させてしまったのだと知った時はいたたまれなくて情けなかった。
(――こんなことして、あの三役がいい顔をするワケがないし)
どうせなら、みんなに祝福されたい、と願う。
願うのに、止めることもできなくて。
「 菫さん。そんなにわたしって、あの時、ぶすったれてた? 」
ぷっ、とふきだす彼に視線を合わせてドキリとする。
艶をもった眼差しが、彼女をとらえて離さない。
「確かに、あの時の朱美の顔がきっかけかもしれないけど――俺が、 コレ を見たかったのも本当なんだよ」
朱美の顔を隠す純白のベールを上げ、菫は顎を指で支える。
掬うようなキスをされて、朱美は自然に顔を上向かされ宣誓台に追いこまれた。台が腰にあたると、それ以上は逃げることができなくなって身をよじる。
「 ん 」
純白の胸元をふわりと彼の手に包まれて、やわやわと揉まれる。
ゆるんだ歯列を割って深く侵入してくる菫に、朱美は脳がぼんやりと白く霞がかってきて危うく膝から床に落ちそうになった。
もう、立っていられなかった。
彼とキスした、だけなのに。
(最近、してなかったから?)
胸にしがみつく花嫁を見下ろして、大切に抱きしめる。
菫は耐えきれずに声をたてて笑った。
*** ***
菫に抱き止められて、そのたくましい胸が上下に揺れているのを感じる。
すっぽりとその胸に包まれてしまう自分の身体が、とても愛しくて大事だった。
「どうして、笑うのよ」
「可愛いから」
そう答えて、菫は朱美の身体を持ち上げて、宣誓台に腰掛けさせた。
身の危険を感じて、すぐに降りようとする彼女を制して、その長いドレスをまくると純白のガーターベルトを着けた太腿を露にする。
色は清らかなハズなのに、まるで新郎〔かれ〕を誘っているようなそれに、朱美は硬直する。
「す、菫さん!」
びっくりしたのは、彼が晒〔さら〕されたそこへ唇を寄せて強く吸ったことだった。
すぐに彼はそこから離れたけれど、執拗な赤い痕を残していった。
「ホラ、白無垢じゃこんなことできないし?」
都合のいい、そんな言い訳を口にして朱美の裸の肩に舌を滑らせ優しく吸いあげる。
「――それに、ココにつけたら目立つだろ?」
と、わざと人目につく肩口を撫でた。
静かな音を立てるゆるやかな愛撫は、朱美の竦〔すく〕む身体をゆっくりと熱して燻〔くすぶ〕る炎をユラリとくゆらせた。
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