高野山市、竜崎家宗家。
奥の間にて、宗家三役の爺〔ジジイ〕どもが、しゃんと背筋を伸ばして姿勢よく座った前には、総漆塗りのテーブルがあった。
「まったく、あのお嬢さんときたら困ったものです」
「私どもの寛容な配慮も忘れて、このような仕打ち」
「菫をそそのかして、私たちをないがしろするなど許されるべきではありません」
それぞれに頷くと、互いに意思疎通を終えたのかうっすらと微笑む。
「――私たちへの謝礼は高くつきますよ」
くくく、と静かに笑う爺に二人の爺が首をすくめた。
「おお、怖い。竹千代はほんに怖い人だ」
「そういう、梅吉もほどほどになさりなさい。相手はあれでも 女性 なんですから」
「松蔵に言われるとは、どう思われます? 梅吉」
「心外ですね、まったく」
こくこくと頷きあう彼らは仲がいいのか、悪いのか、一点を定めて、ふわりと笑った。
「 朱美さん、コレは私どもからの ささやかな 結婚祝いです 」
*** ***
姿見の大きな鏡の前に立って、花嫁のすぐ横で女性がにこりと笑った。
「会沢さま、よくお似合いですわ」
あまりにお決まりのウェディング・コンサルタントの言葉に、内心(うわっ、本当に言われちゃったよ!?)と感心して、じっくりと鏡に映る自分を下から上まで確認した。
胸から自然に落とされたドレスの裾はやっぱりお決まりの純白で、ヒラヒラとしたレースが重ねられ小さなリボンが散りばめられていた。
ある事情から腰周りに余裕のあるワンピース・ドレス。そんなにはない胸を寄せられた心ばかりの谷間が、通常の1.5倍くらいの深みをつくっている。
裸の肩が人目に晒されてすこし落ち着かなかった。
「可愛いんだけど……ちょっとココとココが」
腰と肩を指差すと、結婚式場の女性従業員・三星さやかは首をかしげて請け負った。
「お気に召しませんか?」
「もうちょっと腰はゆとりがほしいかな。お料理は絶対、残さないからさー。あと、できたら肩は出さない方向でお願い。だって、寒いじゃない?」
ニッカシ、笑ってなぜか彼女は胸を張る。
そんな若い花嫁の意見に、さやかは目を丸くして苦笑した。
ここまで、率直で飾り気のない花嫁というのもめずらしい。
「承りました。では、こちらのデザインはいかがですか?」
「そうねー」
「朱美」
呼ばれて、会沢朱美はふり返り目を瞠った。
彼女の花婿である竜崎菫はすでに結婚衣裳を適当に決めて立っていた。
純白のタキシードというオーソドックスな選択にもかかわらず、スラリとした姿勢のいい彼にはそれが見事に似合っている。
真面目な顔で朱美を眺めて、おだやかに笑う。
「僕はそれがいい」
「え、そう?」
真剣な菫の言葉にドギマギとして、朱美は自分の衣装を見下ろした。
胸元のリボンと純白のヒラヒラしか見えないけれど、
「そうかな?」
ふたたび顔をあげて、訊く。
「うん、似合ってる」
「菫さんが言うなら……コレにしようかな?」
「そうして。あ、三星さん、そこのストールとベールでお願いします」
「あ……はい! かしこまりました」
いきなり指示を飛ばされて、うっかり仕事を忘れていたさやかは慌てて選ばれたストールとベールを彼に渡した。
「可愛いよ」
と、最後にティアラを固定して自然に吐かれる花婿の甘い言葉に、花嫁の方は意外にも慣れていないようでベールの奥で真っ赤になった。
「あははー、そっかな?」
大袈裟な身振り手振りをくわえて、豪快に照れる。
そんな朱美の背中をうながして、菫はさやかにこそりと告げた。
「ちょっと、式場の方を見に行っても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
この手の要望は多いため、サービスとして式場側は寛容に許可している。
花嫁と花婿。若い二人の後ろ姿を見送りながら、さやかは久々にその……婚前の恋人同士がもつ一種独特の熱にあてられて顔が火照った。
ファイルをうちわにして、パタパタと扇〔あお〕ぐと、一人身の自分にため息をひとつ、こぼした。
「あーあ、わたしも恋したいよー」
1 ・・・> 神様、お手をどうぞ。2
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