Moonlight Piano #22-2


〜風花音楽大学四回期・卒業演奏会前〜
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 月が見える。
 冷え切った外の外気が、吐く息を白く変化させた。



〜 セレナーデ2 〜


「じゃ、俺は小夜原さんを送っていくから……美月はそっちね」

なっ?!

 『メルメゾン』を出てすぐに、八尋に命じられて綾は目を剥いた。
「どうしてですかっ!?」
 僕だって、小夜原先輩の方がいいとばかりに綾は食ってかかったが、プリンスの名を欲しいままにしている先輩を前に体〔てい〕よくあしらわれる。
「姫はもちろん、王子が送っていく……当然だろう?」
「あっやちーん! いいじゃん♪ わたしを送っていってよーきゃはははは!」
 完璧に酔っ払ったハイテンションな愛がしがみついてきて、小柄な綾は抱きしめられるようになった。真っ赤になって唸〔うな〕り、恨めしそうに八尋を仰ぐ。
「ほぅら、ご指名だよ。美月」
 くすくすと笑う、その表情も意地悪なのに気品があった。
(ずるい!)
 とは思ったが、背中にもたれてきて気持ちよさげに鼻歌を歌っている愛を一人にするワケにもいかなかった。
「わかりました。でも、先輩……」
「なんだい?」
「送りオオカミにだけはならないでくださいね!」
 真剣に、綾はそれだけを訴えた。



 おかしくて八尋は、ひとしきりくつくつと笑った。
「いやあ! 可愛らしいね。美月は」
「日間くんがからかうからよ……それに。わたしは一人で帰れるから送らなくても結構よ」
 しっかりとした足取りで繁華街から駅へと向かうなつきに、八尋はひょいひょいとついていく。
「そう言わずに。最後くらい送らせてよ、小夜原さん」
「……最後、なのね。日間くん、ありがとう」
 急になつきが礼を言ったので、八尋は「何が?」と問い返した。
「千住くんが留学してから、……宴会部に誘ってくれて、感謝してるのよ。わたし」
「はは、だったらよかった」
 にっこりと微笑んで、優雅に誘った。
「では、姫。最後に送らせていただけますか?」
 ぷっ、と吹きだして、なつきは肩をすくめた。
「仕方ないわね。それであなたの気がすむのなら……いいわよ」

 なつきの長い黒髪が、冷たい風に細くなびいた。
 はー、と指先に息を吐くと白い帯が上空へと溶けていく。
「本当に行くの?」
「行く」
 まっすぐと前を見つめたなつきを横目で確認して、八尋は苦笑した。
「小夜原さんらしい決断力だな……でも、まだ迷っている?」
「どうして?」
「いますぐ行かないから。「卒演」のあとだなんて、小夜原さんにしては緩慢だよ」
「……鋭いのね」
 なつきは、ふたたび「はー」と指先に息を吐きかけ、ゆっくりと止まった。
「ここでいいわ。あのマンションだから」
 送ってくれてありがとう、と頭を下げるなつきを、八尋の腕がとらえた。逃げるよりも先に強い力に閉じこめられて、なつきは抗い、制される。
「いやっ、日間くん離して!」
「君が弱くなるのは、千住のことだけなんだな……」
 と、低く耳元で囁かれて唇を寄せられた。

( いや! )

「ッや! 千住くんっ」
 キッ、と強く睨まれて白い息のかかるほど近くで八尋の目が苦笑する。
「妬けちゃうね。そんなに好き?」
「好き」
 彼しか好きじゃない、とその躊躇いのない眼差しが言っていた。
「だったら、自信もっていいよ。小夜原さん……」
 なつきから離れた八尋が、優しく目を細めた。

「君を好きじゃない男なんて、いないんだから」

 なつきは乱れた髪を引っ張って、八尋から目をそらした。
「さよなら、日間くん」
 静かに言って、逃げるようにマンションへと駆けていった。
 凍える月夜の空を仰いで八尋はふと、人の気配にふり返る。

 そこにあった影に、目を見開く。


「驚いたな」

 と、口にして……挑発的に微笑んだ。


fin.


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