抵抗を続けていた奈菜は、俺の首に腕をかけてきた。
小柄で童顔の彼女なのに、こういう時はドキリとするほど色っぽいんだ。なんでなんだろう?
目がトロンと薄く開いて、潤んで見えるからか?
それとも、俺が欲情してるせいか……どっちでもいい……。
絡ませていた舌をゆっくりと放して、彼女の唇から少しだけ離れる。
やらしい唾液の糸が切れて、奈菜の唇が濡れていた。
額同士をくっつけて、見交わすと恥ずかしそうに俯〔うつむ〕いた。
キスの余韻か、奈菜の頬はうっすらと上気していた。
「遥くんは――「 怪盗 」なの?」
なんて、ものすごい 爆弾発言 に俺は一瞬呼吸するのを忘れた。
一気に覚〔さ〕めた。奈菜を机の上に押し倒した格好で、止まる。
「は?」
「あ、あれ? わたし、変なこと言った?」
ぼんやりとした様子で奈菜はうろたえ、ビックリしたように俺を見上げる。
俺の方が、奈菜より少し背が高い……とは言っても、間近なんだな。コレが。
目と目が、すぐそこにある。互いの息遣いが、頬にかかった。
「俺が、「怪盗」って……どういう話?」
ビックリしたいのは俺の方、呆然とした自分の声が響く。
「 ええっ! 」
口にした本人に、そこまでビビられるのもビックリだな。
どうやら、奈菜も深く考えて口にしたワケではないらしい。が、核心部分なんだよな。実際。
(――奈菜は、案外鋭いし)
「な、なんでだろ。あ、アレかな。白石さん、「怪盗」に入れこんでたから……遥くんにキスしたって聞いて、繋がったのかも」
白石……元凶はおまえか。
「ちがうちがう、白石は俺が「怪盗」でもナンでもいいんだ。もちろん、俺を「好き」っていうのもない」
疑わしそうな奈菜の眼差しに、俺は「本当」のような嘘をつく。
白石が俺を「怪盗」でもナンでもいい、と思っているのは本当だ。それに、俺に好意を寄せてないのも紛いもない事実。
「なんで? 白石さん、遥くんに 熱烈な キスしたって聞いたよ?」
「 ……… 」
あ、い、つ、ら〜! やっぱりかっ!!
と、俺は呻いた。
「奈菜、どうでもいいがアイツらの言葉を鵜呑みにするな。熱烈なキスなんか、するかよ」
「……そうなの?」
よく分からない、とでも言うように首をかしげて「でも、キスはしたんだよね?」と追求してくる。
そーいうとこ、女だよな。
まあ、無視されるよりはずっといいか。弁解もできるし。
「……キスっていうか。白石のややこしい性格だな、アレは」
「どういうこと?」
「つまり、本命は 俺 じゃないんだ」
「え? ……ええっ?! ってコトは、本命はやっぱり「怪盗」?」
だーかーらー、そこから離れろよ。少しは……俺の心臓に悪いじゃねーか。
「そうじゃなくて。「怪盗」も白石の方便だよ、本命が鈍いらしくて……俺から言わせれば、白石もたいがい素直じゃねーけど……そいつへの面当てみたいなモンだよ」
「なんか、いいように誤魔化されてる感じ」
唇を尖らせて奈菜は呟くと、じとーんと俺をまっすぐに睨む。
額と額を寄せ合って、ふわりと前髪が触れ合う。
うっすらと唇を重ねて、パチパチと奈菜は瞬いた。そして、俺の心を見透かしたように ポツリ と「卑怯モノ」と告げる。
いや、奈菜を誤魔化しているつもりはない。キスの件に関しては――さ。
でも。
「本当だって、嘘じゃない。アレは キス なんかじゃないし、俺は「 怪盗 」じゃないんだ――」
コレは、明らかに誤魔化しか? だよな。
*** ***
間近で見た、彼の顔に――嘘、と奈菜は思った。
キス、のことじゃなくて……「怪盗」のこと。
遥くんは 明らかに 嘘をついている。
「 遥くんが、「怪盗」? 」
確かめたワケじゃないけど、そうとしか考えられない。
遥くんが怪盗でも、嫌いになるワケじゃない。嘘をついてても構わない。わたしはもう、それくらい 好き だから。
でも。
じゃあ、遥くんはどうしてわたしと付き合ってるの?
わたしが、怪盗を追っかけ回してたから?
(そうかも……)
思い至って、首をふる。ううん、大丈夫。遥くんはそんな器用な男〔ひと〕じゃない。
「そうだよね? 遥くん」
すこし怖くて。
わたしは夏の薄い布団の中で、ギュッと目をつぶった。
あの石。
――どこにいったの?
テスト休みに入って、時々遥くんとデート……みたいなことをしたけど、訊けなかった。
相変わらず遥くんは「変」だったし、わたしもなんだかぎこちなくなってしまった。たぶん、お互いに隠していることがあるからだよね?
わたしは。
訊く「きっかけ」がなくてヤキモキしているのか、ホッとしているのか、分からない。
だから。
終業式の前日の夜に「トコロテンの怪盗」から予告状が来たって、聞いたとき……わたしは、とうとう訊かなくちゃと思った。
そして、すべてに答えて欲しい。
彼の気持ちも、言葉も、あなたのことをもっと信じたいから。
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