最初に言っておくが、「 不可抗力 」だ。
もちろん、俺が バカ だったんだ。姉貴がアレだから大抵のことは許容する俺だが……いくら美人だからってコレはないだろう?
オイ。
「 し、らいし〜〜〜! 」
「だって!」
だって、じゃねーよ!
人の唇をなんだと思ってるんだ、おまえはっ。
ああ、確かに男としては役得に入るのかもしれないが……俺にとっちゃあ迷惑でしかない。理由なんて分かりきってるだろ!
「きゃあ〜! 修羅場よ、修羅場っ」
「飛木くん、待ってて。今、井元さん、呼んでくるから!!」
「大丈夫、わたしたちに任せてよ」
「なっ!」
待て待て、おまえら。
何が、任せてだ? どうせ、面白おかしく、過大誇張しまくって奈菜を煽るんだろうが! おまえらがっ!!
俺が制止をする余裕もなく――つーか、ぜってー止めても聞かねー勢いだったね。
なんだ、その素早さ。
教室をかしましく騒ぎ立てて出て行く自称『 可愛い 遥くんを見守る会』の会員たちに唸〔うな〕る。
(コレを修羅場にするのは、おまえらだろう? 絶対っ)
「はー、どういうつもりだよ? おまえは」
いきなり抱きついて、彼女持ちの男の唇を奪うとは……しかも、教室のど真ん中で…… 嫌がらせ でなかったら、ナンだ?
クラスメートの彼女たちの背中を見送った白石は、俺を見て、「悪いとは思ってるのよ」と小さく呟く。
――ああ、そうだろうさ。
と、俺は鼻で笑った。
世の美人はみんな、自己チューなんだ。世界は自分のために回ってると思って疑わない。
姉貴も大概だが、白石はさらにそれの上をいくらしい。少なくとも、俺にはそうだ。
「でも、井元さんなら大丈夫よ。飛木くんのこと 本当に 好きなんだから」
「……姉貴みたいなこと、言うな」
俺は思わず、ため息をついて力なく訴えた。
まあ、言ってもこういう女は自分のしたいようにするんだろうが。
姉貴がそうであるように。
(……そういや、最近の姉貴って首のあたりにキスマークみたいな鬱血痕があるんだよな)
なんて、俺は教室の扉の向こうに現れた不機嫌にふくれた奈菜を見つけた頭で、どうでもいいことを思い出していた。
険しく睨んだ瞳が、目が合った途端逃げ出そうとしたから、俺は逃げられる前に捕まえた。
このへん、学習してるんだ。逃げられる前に捕まえておけば、ややこしくならなくてすむんだから。
こと、奈菜に関しては有効だ。
「放してよ! バカっ」
案の定の不機嫌の絶頂にいる奈菜の声は、痛々しくて胸が締めつけられた。
期末試験最終日の放課後の教室だから、野次馬も無責任に騒ぎ立てるし。
(外野、うるさい……)
俺は、ムカついて睨みつけ、奈菜をそこから引っ張り出す。
「や、やだ……」
奈菜は、俺の腕をふり払おうとしてできずにつんのめる。
「やだ、じゃねーよ」と俺はボソリと呟いて。
「奈菜、ここで俺に抱き上げられたくなかったらついて来い」
俺の本気を嗅ぎ取って……ほぼ、コレは野生の直感ってヤツだろうな。奈菜はそういうトコロ、鋭いから。真っ赤になって大人しくなった彼女を連れ、立ち止まる。
そして。
「 おまえらは、 絶対 ついて来るな! 」
興味津々と俺たちの動向を見守っていたクラスメートの人だかりに、俺は本気で怒鳴った。
「えー?」って不平を言われる筋合いは 断じて ないっ!
*** ***
「奈菜、ここで俺に抱き上げられたくなかったらついて来い」
ワァーキャーと騒ぎ立てる人だかりの真ん中で言った遥くんの言葉に、わたしは真っ赤になる。
(だ、抱き上げるってナンですかっ?! 抱き上げるって!!)
いや、べつに喜んでないからっ。
ちょっと、お姫さまみたいかなって思っただけだからっっ!!
グイグイと引っ張られてやってきたのは、「超常研」の部室でした。
ううっ、怖い。遥くんの目が怖いですっ。
って、ナンでわたしがビビってるのさ! 怒〔いか〕るべきはコッチでしょっ。
ええい、負けないぞ!
「遥くんのスケベ! 浮気モノっ!!」
よしよし、我ながら陳腐なセリフだけど間違ってないわよね。
完璧完璧、とちょっとご満悦なわたし。
浮気モノのヤツを叩こうと思った拳は取られてしまったけど……って、なになになにーっ?!
間近に迫った、遥くん。
目がマジですよ、マジ。本気と書いて、「マジ」と読む。何する気?
「 ! 」
唇を塞がれて、いきなりディープなんですけど。
わたしだって、そう簡単に許しはしないわよ。コレでも、学習してるんだから。
でもでも、ダメなの。
唇を啄ばむように吸われると、勝手に開いちゃうんだもの。歯とか歯茎とかゆっくり舌で撫でられてしまうと、なし崩し。
入ってくる彼の舌に抵抗なんかできないんだってば!
「……ん。は」
……こういうの、なんていうの。
誤魔化されてる? あるいは消毒?
(どっちでもいいけど、こんなことでわたしの追及をかわせると思ったら大マチガイなんだから!)
抵抗するわたしの舌。
宥〔なだ〕めるように、遥くんの舌が絡まってくる。
わたしたちは見つめあったまま、ガタンとかたい机の上に腰を乗せて彼は膝を引っかけて体重を乗せてくる。
部室で、こんな濃厚なキスしてていいのかしら?
とは、もちろん思うけど。
でも、もうしばらくはこのままでいたい――みたい。
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