の目覚め。5-5。「罪のことば」5


〜甘品高校シリーズ5〜
 5‐4 へ。 <・・・ 5-5 ・・・> 6‐1 へ。



 テスト休み期間中から、そんな気はしてたんだ。
(奈菜は、案外……本当に、勘がいいから)
 そして、嘘をつくには俺は彼女を好きになりすぎてる。
(騙しとおせる、なんて本当の本当には思ってなかった――)
 イヤーな予感。だいたい、こういうのは外れたためしがないんだよな。俺。
 ちょっと自嘲的に、そんなことを考えた。
「あ……っと。白石はちょっと遅れるってさ――なんか、あった?」
 俺が「超常研」の部室に入ると、姉貴と西野センパイがいて……そこに、思いつめたような奈菜が立っていた。

「 おおあり 」

 だと、思ったけど。
 いいだろ? 少しくらい期待したって!
 俺はその聞き間違いようのない 美声 で答えた西野センパイを(たぶん、そうとう恨みがましく)見た。
「西野」
 姉貴がたしなめて、無表情のまま眼鏡の向こうの静かな眼差しを俺に向けてくる。
 ゴクリ、と俺はカラカラの喉を鳴らした。
「遥くん、おねがい。今夜の張り込みは……遥くんとしたいの」
 だって、と切羽詰った彼女の意図することは聞かなくても想像がついた。
「 だって、遥くんは「怪盗」じゃないんでしょ? 」

「 ダメよ 」
 と、姉貴が答えた。
「それは、できないのよ。奈菜ちゃん」
 冷たく閉ざすようなそれに、奈菜は目を見開いて俺をすがるように見つめた。


   *** ***


「 ダメよ 」
 飛木先輩の抑揚のない静かな声が、わたしの恐れていたことを肯定する。
「じゃあ、やっぱり――あの石を盗ったのは、遥くん?」
 そういうこと、よね?

「 奈菜 」

 遥くんの声がかすれていて、わたしに何かを伝えようとして……押しとどまる。
 目をそらされると、自信が揺らぐ。
 どうして?
 なんで、何も答えてくれないの?
「遥くん、答えて。石を取り返すためだったの? わたしに告白したのも、迫ってきたのも……そのため?」
 答えてくれなきゃ、不安になる。
 そんなことはないんだって、信じたいけど。
 わたしの頬を涙がつたった。
 唇を噛む。
 泣く、つもりなんてなかったのに。遥くんのバカ!

「もう、いい!」

 わたしは、ギュッと目をつむって顔を背けた。
(全部、わたしの独りよがりだったんだ!)
 そう思うと、悲しくて、いたたまれなくてこれ以上「超常研〔ここ〕」になんて立っていられなくて……飛び出した。
 途中、白石さんにぶつかった。
 泣いてるわたしを見て、驚いた顔をされたけどかまわずに走る。
「井元さん!」
 何故か、白石さんのそばに同じクラスの奈良くんが立っていて、やっぱり驚いたような顔をしていた。でも、おしゃべりな男の子じゃないし、平気だわっ。
 それより、問題は 遥くん だし。
 答えてくれないって、どういうこと?!
 わたし、いま、ものすごーっく! 傷ついてるんですけどっ!!
 チョーナーバス。
 思いっきり泣けるトコ、大ボシューチューなんですけどっ!!
(遥くんなんて、もう、ホントに知らないし! 勝手にしてよ……っ)
 終業式、ということもありほかの部活動も早々に解散したらしい。熱心な運動部員たちだけがグラウンドで声を上げているのが、聞こえる。
 それに。
 うるさいほどの、セミの声!
 走っていた奈菜は、手首を掴まれて咄嗟に「やっ!」と拒否をした。それが、誰の手かなんてすぐに分かる。
「放して!」
「奈菜……」
 遥くんの静かなかすれた声に、不安は余計に大きくなる。
(冗談だよ、って言ってくれたら、楽なのに――)
 そしたら、騙されたフリができるかもしれない。でも、そうなったらもう本当には、彼を信じられなくなるだろう。
 そんなの、やだな……。
「なによ! 答えてもくれないくせにっ」
 拳を作って、彼の胸を叩く。
「ごめん」
 真摯な謝罪の言葉に、わたしは自分が思うよりも興奮していたことを知る。走っていたせいで、乱れる息。
 遥くんは、流石……というか、走ってきたのだろうに少しも乱れていなかった。
 視界は、まだハッキリしなくてぼんやりとした彼の輪郭が映る。

「ごめん」

 ふたたび降った謝罪の声に、ひんやりとした唇の感触が重なってわたしは冷静になった。
 涙が止まって、ようやくいつもの視界がもどってきた時……そこに 彼 はいなかった。
「遥くん……」

 ごめん、ってナニよ?
 それは、――何に対しての「ごめん」なの?

 肌を焼くような夏の日差しが涙のあとを消して、でもわずかに吹く風が 確かに あったことなのだと頬にあたる感触で教えてくれた。
「 そんなんじゃ、全然わかんないんだってば 」
 わたしは、誰もいない校門で突っ立って キス泥棒 の彼に恨みがましく、愚痴をこぼした。


 5‐4 へ。 <・・・ 5-5 ・・・> 6‐1 へ。

BACK