テスト休み期間中から、そんな気はしてたんだ。
(奈菜は、案外……本当に、勘がいいから)
そして、嘘をつくには俺は彼女を好きになりすぎてる。
(騙しとおせる、なんて本当の本当には思ってなかった――)
イヤーな予感。だいたい、こういうのは外れたためしがないんだよな。俺。
ちょっと自嘲的に、そんなことを考えた。
「あ……っと。白石はちょっと遅れるってさ――なんか、あった?」
俺が「超常研」の部室に入ると、姉貴と西野センパイがいて……そこに、思いつめたような奈菜が立っていた。
「 おおあり 」
だと、思ったけど。
いいだろ? 少しくらい期待したって!
俺はその聞き間違いようのない 美声 で答えた西野センパイを(たぶん、そうとう恨みがましく)見た。
「西野」
姉貴がたしなめて、無表情のまま眼鏡の向こうの静かな眼差しを俺に向けてくる。
ゴクリ、と俺はカラカラの喉を鳴らした。
「遥くん、おねがい。今夜の張り込みは……遥くんとしたいの」
だって、と切羽詰った彼女の意図することは聞かなくても想像がついた。
「 だって、遥くんは「怪盗」じゃないんでしょ? 」
「 ダメよ 」
と、姉貴が答えた。
「それは、できないのよ。奈菜ちゃん」
冷たく閉ざすようなそれに、奈菜は目を見開いて俺をすがるように見つめた。
*** ***
「 ダメよ 」
飛木先輩の抑揚のない静かな声が、わたしの恐れていたことを肯定する。
「じゃあ、やっぱり――あの石を盗ったのは、遥くん?」
そういうこと、よね?
「 奈菜 」
遥くんの声がかすれていて、わたしに何かを伝えようとして……押しとどまる。
目をそらされると、自信が揺らぐ。
どうして?
なんで、何も答えてくれないの?
「遥くん、答えて。石を取り返すためだったの? わたしに告白したのも、迫ってきたのも……そのため?」
答えてくれなきゃ、不安になる。
そんなことはないんだって、信じたいけど。
わたしの頬を涙がつたった。
唇を噛む。
泣く、つもりなんてなかったのに。遥くんのバカ!
「もう、いい!」
わたしは、ギュッと目をつむって顔を背けた。
(全部、わたしの独りよがりだったんだ!)
そう思うと、悲しくて、いたたまれなくてこれ以上「超常研〔ここ〕」になんて立っていられなくて……飛び出した。
途中、白石さんにぶつかった。
泣いてるわたしを見て、驚いた顔をされたけどかまわずに走る。
「井元さん!」
何故か、白石さんのそばに同じクラスの奈良くんが立っていて、やっぱり驚いたような顔をしていた。でも、おしゃべりな男の子じゃないし、平気だわっ。
それより、問題は 遥くん だし。
答えてくれないって、どういうこと?!
わたし、いま、ものすごーっく! 傷ついてるんですけどっ!!
チョーナーバス。
思いっきり泣けるトコ、大ボシューチューなんですけどっ!!
(遥くんなんて、もう、ホントに知らないし! 勝手にしてよ……っ)
終業式、ということもありほかの部活動も早々に解散したらしい。熱心な運動部員たちだけがグラウンドで声を上げているのが、聞こえる。
それに。
うるさいほどの、セミの声!
走っていた奈菜は、手首を掴まれて咄嗟に「やっ!」と拒否をした。それが、誰の手かなんてすぐに分かる。
「放して!」
「奈菜……」
遥くんの静かなかすれた声に、不安は余計に大きくなる。
(冗談だよ、って言ってくれたら、楽なのに――)
そしたら、騙されたフリができるかもしれない。でも、そうなったらもう本当には、彼を信じられなくなるだろう。
そんなの、やだな……。
「なによ! 答えてもくれないくせにっ」
拳を作って、彼の胸を叩く。
「ごめん」
真摯な謝罪の言葉に、わたしは自分が思うよりも興奮していたことを知る。走っていたせいで、乱れる息。
遥くんは、流石……というか、走ってきたのだろうに少しも乱れていなかった。
視界は、まだハッキリしなくてぼんやりとした彼の輪郭が映る。
「ごめん」
ふたたび降った謝罪の声に、ひんやりとした唇の感触が重なってわたしは冷静になった。
涙が止まって、ようやくいつもの視界がもどってきた時……そこに 彼 はいなかった。
「遥くん……」
ごめん、ってナニよ?
それは、――何に対しての「ごめん」なの?
肌を焼くような夏の日差しが涙のあとを消して、でもわずかに吹く風が 確かに あったことなのだと頬にあたる感触で教えてくれた。
「 そんなんじゃ、全然わかんないんだってば 」
わたしは、誰もいない校門で突っ立って キス泥棒 の彼に恨みがましく、愚痴をこぼした。
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