の目覚め。5-1。「罪のことば」1


〜甘品高校シリーズ5〜
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 こんなことは、誰にも相談できない。
 西野先輩にも、飛木先輩にも。
 美夜ちゃんにも……遥くんにだって、できない。

 だって――。


「 奈菜? 」
 訝しそうに覗きこんできた影に、わたしはビックリして飛びのいた。部室の安そうなスチールのパイプ椅子がけたたましい音を立てるから、よけいに心臓がバクバクする。
「び、ビックリするじゃないのよっ」
 わたしを見る遥くんの視線は、(それは、こっちの台詞だ)と告げている。まったくもって、ごもっとも。
 が。
 このごろの遥くんは、とっても人間ができている。
「なんだよ、何か悩み事か?」
 今日は、白石さんは休み。「風邪」だって、夏風邪はこじらせると大変だから心配だよね。
 で、三年の飛木先輩と西野先輩はこの季節だし、進路指導の集会があるとかで少し遅れているの。というワケで、部室で遥くんとわたしは二人きり、というワケ。
 心配そうに訊く遥くんに、わたしは何故か視線が合わせられない。
 べつに、やましいことがあるワケじゃない。そう――遥くんに対しては。

 なのに、どうして……目が合わせられないんだろう?

 あの「トコロテンの怪盗」が忘れていった(わたしが盗ったワケじゃないのよ! 誤解しないで!!)謎の石をなくしたからって、遥くんと目が合わせられなくなる理由なんて、ないハズなのに。
(ああっ、どうしよう……)
 わたしは、一生懸命誤魔化して「なんでもない、なんでもない」と首を振った。けれど、たぶんあまり信じてもらえてないと思う。
「本当かよ」
 ちょっぴり怒ったように彼は言って、仕方ないなと肩をすくめた。



 気がついたのは、つい先日。
 ふと、スカートを探って……なくなっていることに初めて気づいた。
(いつ……? わからない――)
 新学期になって、イロイロあったから記憶が曖昧なのだ。イロイロって、とにかくイロイロなのよっ!
 言わなくても、分かるじゃないっ。
 新学期に入った頃には、確かにあった。だから、この二ヶ月ほどの間のことだと思う。

「――ない」

 風の強い屋上の日差しは、強かった。
 ジッとしていても、汗がにじみ出てくる。もう、季節は夏なのだ。
 そんな屋上のフェンスに屈んで、わたしは途方に暮れた。
(ここにもない。あの時に落としたのかも……って思ったのに)
 あの時……思い出すと、一気に顔が熱くなる。
 このままじゃあ、熱中症になってしまうんじゃないかってくらいに。
(ば、バカ。わたしの馬鹿っ。こんな時に思い出してる場合じゃないでしょっ……)
 そうは思うのに、打ち払えば払うだけ思い出す感触。
 少し冷たい手のひら、指先。心地いい肌の温度や熱を帯びた眼差しとか。

 じゃあ、あとはあそこ?

 遥くんの家に呼ばれたことを連想して、首を振る。
 でも、あのあと……彼は何も言ってこないから、落としてないのかも。
 あんなことがあったから、訊きづらいし。
「困ったなあ……」
 と、わたしがため息をつくと、背後で声がした。
「何が?」
 って、遥くんが屋上の鉄扉の前で立っている。背は高くないけど、均整のとれたバランスのいい体躯は見るからに運動能力が高そうだった。
 結局未遂だったけど、それでもわたしは 彼 が好きだ。
 「ゆっくり行こうぜ」って、言ってくれた。
 怖いけど、あげるなら遥くんがいいし。絶対、後悔はしないと思う。
「奈菜、どうかした?」
 最近、変だぞ……とニヤニヤと笑う、その意地悪な顔も本当は嫌いじゃなくて。
「……べつに」
 顔をまともには見れなくて、考える。

 本当は相談したいのに――。
 なんとなく躊躇ってしまうのは……後ろめたいのは、どうしてなのかな?


   *** ***


 ふわふわと奈菜の猫っ毛が、風にそよぐ。
 出会った時よりも伸びた髪は、ポニーテールが似合うようになっていた。

「あの……ね」

 夏の屋上で見つけた彼女は、意を決したように俺を見た。
「遥くん、わたし……遥くんの部屋に何か……忘れていかなかった?」
 ドキリ、とする。
「忘れる、ってナニを?」
 思わず、声がかすれてヒヤリとした。
(マズイ。俺って嘘つくの下手なんじゃねー? 奈菜の顔がまっすぐ見れねーじゃん)
 俺は焦って、目をそらし……それもマズイだろうともう一度彼女を見る。
「そう……だよね」
(……そんな表情〔かお〕するなよ)
 俺は、胸が痛かった。明らかにどんよりと落ちこんだ奈菜の表情は痛々しくて、力になりたいと思うのに、一番の原因はきっと のせいなんだ。
 そう思うと、彼女を抱き寄せることもできなかった。
 手のひらを、無力にギュッと握り締めるしか――。
「 なんだよ、大切なもの? 」
 なんて。
 ふざけて訊くしかないなんて、まともに奈菜を目に映すことすら辛くなる。
(情けねー……)
 激しく、自己嫌悪だ。こんなの。
 覚悟していた――つもりだけどさ。
 奈菜は、俺の言葉にビックリしたように目を開いて、「ううん」と首を振る。

「そんなんじゃない」

 言って、俺たち二人はどちらともなく目をそらした。
 それから、俺たちはぎこちない会話をした。
「なら、いいけど。見つけたら、言うよ……ホラ、転がって隠れてるのかもしれないし?」
 白々しい、と思いながら。
「うん。ごめんね」
「……なんで、謝るんだよ。気色悪いな」
 謝るのは、本当は俺のほうだ。
「なによ。感謝の気持ちでしょー……バカ」
 ホントにな。バカだよ、俺。
「………」
「………」
 奈菜が何か、俺に相談しようとしているのを肌で感じながら、ことさらに追及をしない俺。
 そんな俺に、どうしても口を開くことができない奈菜。

 力になりたい。

 本当にそう願うのに……強く訊きだすことは俺にはできなかった。
 だって、分かりきっているんだ。俺には。
 彼女が 何に 頭を悩ませているのか、なんて。

 なくなった のこと。
 それに、「 怪盗 」のことだろう?

(だったら。ハッキリ言って、俺が訊くのは自分で自分の首を絞めているのと同じじゃないか……くそっ)
 はー、と息を不機嫌に吐きだして、俺は自分の不甲斐なさを痛烈に感じていた。
( 覚悟して……いたけどさ )

 そう、ホントに。――覚悟して、いたんだ。



「バカ、ね」
 姉貴の抑揚のない言葉は、予想していたものだった。
「姉貴……姉貴がなんと言おうと、俺、もう 限界 だ」
 奈菜を騙すようなことは、できない。
 と、思った。もう、無理なんだ。

「 あいつに、嘘はつけない 」

 ふぅ、という姉貴の吐息のような静かなため息に、俺はそれでも引かずにジッと待つ。
「ねえ、遥。ひとつ、訊きたいんだけど……わたし、正体を明かすなって言った?」
 相変わらずの抑揚のない声だが。
「そんな覚えはないんだけど」
 オイオイオイ。
 ものすごい、爆弾発言ってヤツじゃないか? コレ。
「 は? 」

 そりゃあ、ないだろう?! お姉さまっ!


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