の目覚め。4-5。「恋すハート」5


〜甘品高校シリーズ4〜
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「 ここで――両親の帰りを待ってるんだ 」

 って、遥くんは言った。


   *** ***


 2年1組の教室で、奈菜の友人である日暮が訊いてきた。
「飛木くん、奈菜に何かした?」
「いや……まだ」
 日暮が何を気にしているのかは、分かっている。俺だって、いくらなんでも奈菜のあの態度には気づくってーの。
 あからさま、なんだよ。アイツ。
「理由は分かってるから、何とかするよ」
 意味ありげに日暮は俺を見て、うんうんと頷いた。
「まあ、大変だよね。飛木くんも――頑張って?」
 なんだ、その疑問形は。
 俺が顔をしかめると、隣の白石が首をかしげた。
「井元さんがどうかした?」
 ぷくく、と笑って日暮は、白石の耳に唇を寄せた。
「あのね、おっかしいの! 飛木くん、奈菜に避けられてんの」
「笑い事じゃねぇよ……」
 そう、朝のうちは気のせいかと思っていたが、昼を過ぎて思いなおした。ぜってー、アイツ、俺を避けてる。
 理由は、きっとアレのせいだとは思うけど……だからって、いきなり逃げることはないだろう?

 日暮は帰る、と言って教室を出て、白石は先に部室に行ってもらった。教室に一人残った俺は、奈菜の椅子に座って机の上に足をかける。

 そこに残った鞄を睨みつけて、
(さあ、どうしようか?)
 と、猛獣さながら唇を舌で舐めた。

 ガタン、と鳴ってふり返る。
 しまった、という顔をした奈菜が教室の後ろの出入り口に突っ立っていて、身を翻した。
 バタバタと走って行ってしまう彼女を俺はぼんやりと見送って、「追っかけっこで俺に勝てるとでも?」と本気で追う決意をして立ち上がった。


   *** ***


 バタバタと放課後の廊下を走りながら、わたしは自分自身を罵〔ののし〕った。
( ばかばかばかばかばかばかばかばかっ、わたしの馬鹿ーっ! )
 なんで、今逃げてんのっ?!
 あの遥くんから、逃げきれるワケないじゃんよ!!
 捕まったら、誤魔化せないよっ。どうすんのっ。
 そんなわたしの苛立ちに、だってだってと反論するもう一人の自分がいる。
(――だって、怖いんだもん)
 完璧な臆病風。
 抗〔いらが〕いようのない幼い自分の気持ちに唇を噛む。
 遥くんに捕まったとき、彼を納得させるだけの理由が思い当たらない……なんて、どうしたらいいんだろう。

 好き。
 だけど、怖い。
 嫌われたくない。
 だから、怖い。

「 奈菜! 」
 と、2年の廊下の端にある階段のところで捕まえられて、きつく手首を押さえられ壁に張りつけられた。
「やっ、痛い……遥くん!」
「ダメだ!」
 強くわたしの訴えを却下して、遥くんはわたしをまっすぐに見つめた。
 表情は険しいけど、怒ってはないらしい。
 はぁっ、と息をつく。
「逃げんなよ……」
 と、呟いて困ったように笑った。
( え? )
「いいよ、分かってるから」
 って、なにがっ?!
 何が分かってるんですかっ!!
「まだ、怖いんだろ? キス以上――」

(うーわー! 大当たりです。遥くんっ)
 ビックリして、ぱくぱくと口を開閉していると遥くんは「くはっ」と笑い出す。
「……な、なんで?」
「分からないでか、おまえ分かりやすすぎ」
「そ、そんなことないやい」
 図星を指されて、動揺したわたしは真っ赤になって唇を尖らせる。
 遥くんに言い当てられるなんて、なんか……ちょっと、不覚?
「まあ、一番の理由はあの時、腰引けてたからかな?」
「あの時?」
 ニヤリ、と意地悪に遥くんは笑って、耳元で色っぽく囁いた。
「もちろん、金曜日のあの時。姉貴が来なくても、やめてたと思うよ?」

「  」

 じゃあ……じゃあ……今までのわたしの葛藤はなんだったんですかって話!
 固まっていると、さらに一言。
「 俺が、止められてたら、だけどね? 」
 なんて、心臓に悪い言葉。
 びくっ、とわたしが髪の先まで緊張したのを見て、また笑う。
「なーんちゃって、冗談だよ。……っ痛! あにすんだよっ?」
 わたしが思いっきり、足の脛を蹴ったらヤツは大仰に飛び上がって痛がった。
「なにする、じゃないわよっ」
(なによなによなによっ、からかうなんて趣味が悪いよっ。馬鹿!)
 ぴょんぴょんとわたしのそばまでやってくると、手を握ってくる。
 ええい、触るなっ!
 くっ、遥くんのくせになんだ? その優しい顔はっ!

「ゆっくり行こうぜ、ゆっくりな?」

「……うん」
 ホッとした反面、その優しさが寂しさを生む。
 まるで、突き放されたような感覚――どうしてなのかな?

 遥くんは、わたしに…… 本当のこと を隠している気がするの。


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