の目覚め。4-2。「恋すハート」2


〜甘品高校シリーズ4〜
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 「好きだよ」と囁いて迫ってくる顔に――わたしは、目を閉じる。

 学校からの帰り道。

 唇が優しく触れて、離れて、また静かに重なる。
「……ん」
 チュッ、と下唇を吸われて、コレが最後の合図。
 目を開けると、大好きな彼の顔があって頬がまた熱くなった。
「 遥くん 」
「すぐキスするのは、奈菜だから。誰でもいいワケじゃないよ、一応」
 少し怒ったその表情に、「うん」と頷く。
 嫉妬でトゲトゲしていたわたしの中が、アッという間に溶かされる。
 遥くんの、言葉ってすごい。

「だから、さ」

「うん?」
 何か、言いにくそうにしている遥くんにわたしは首をかしげた。
 こんな緊張している彼って、初めて見るかも。
 夕暮れの空を仰いで、街灯の電気が点きはじめるのを追うように泳がせる。

「 奈菜 」

 その声が、遥くんのモノとは思えないくらい低くて、真剣だったから次に聞いた言葉を上手く理解できなかった。
「俺の家に、来る?」
「……うん」
 って、何を勝手に答えてるの!? わたしの口。
 うわーうわー、どうしよう。コレって、……ただのお家へのお誘いって考えていいんだよね。
 いや、たぶん、そうだとは思うんだけどさ。
「伶先輩もいるんだよね?」
 一応、訊いてみたり。
 ホラ、だって心の準備があるじゃない?
 自意識過剰な心配をして、あとで脱力するなんてバカみたいなことしたくないし!
 夕闇の中、遥くんがフッと表情を消した……っていうか、暗くてよく見えないんだけど。

「どっちがいい?」

 なんて、意地悪だよ。
「姉貴にいてほしいか、いてほしくないか」

「……わ、わかんない」
 わたしが答えると、遥くんは嬉しそうに言った。
「残念。いるんだ、姉貴」
「なっ!」
 わたしは、恥ずかしさで泣きそうになった。
( なによなによなによー! 試したのっ、わたしのコト―― )

「からかうなんて、ひどいっ。真剣に考えたのに!」

「いいじゃん、いつかは考えないといけないことなんだから」
「そっ、そういう問題じゃないやい!」
 「いつか」という言葉に ボッ とまた反応してしまって、嫌になる。
 わたしはヤツにいいようにからかわれているんだっ。
 遥くんって、こういう時……どうしてこんなに デレカシー がないんだろう。
 恨めしくて、上目遣いでウーと唸〔うな〕ると遥くんがわたしの髪に触れた。
 そして。
「――いいからさ、姉貴が今度の金曜の夜におまえにご馳走したいって」
 だったら、最初からそう言いなさいよ。
 心臓に悪いじゃない。
「 わかった 」
 コクリ、とわたしは頷いて、「遥くんのバカ」と最後に涙目で訴えてやった。


   *** ***


 正直、頷いてもらえるとは半分思ってなかった。
 だから、俺も動揺したんだ。

「どっちがいい?」

 なんて、訊くつもりはなかったのに。
 わからない、って困ったように答える奈菜が切羽詰った顔をして、泣きそうだったから、思わず冗談にしてしまった。
 やっぱり、まだ早いんだ。無理矢理押し倒すなんて、俺にはできない。
 こんなやり方なら、なおさら。
「――いいからさ、姉貴が今度の金曜の夜におまえにご馳走したいって」
 ああ、姉貴が聞いたらなんて言うか。
「遥くんのバカ」
 涙目で、あきらかに緊張を解いた奈菜に心の中で(ごめん)と呟いて、舌を出した。
 俺って、すっげぇコイツのこと好きなんだな……って、思った。
 あんまり、報われてねぇけどさ。



 夜、家に帰って姉貴に報告したらため息をつかれた。
「仕方ないわね……まあ、遥にしたら上出来よ」
 どういう意味だよ。
 こっちは、嫌われるかどうかの綱渡りをしてるんだよ。コレでも。
 仏頂面の俺の頬を指でつついて、姉貴は目を細めた。
 無表情でそれは、ちょっと不気味なんですが。しかも、眼鏡のレンズが反射して、時々表情読めないしっ、お姉さま!
「頑張ってね、金曜日」
 って、やっぱり襲うのかよ。決定事項かよ。
「嫌そうね」
「当たり前……アイツ、すっげぇビビってたんだからな」
 それを、騙し討ちみたいにするなんて。
(俺、失恋決定かも)
「大丈夫よ、遥。奈菜ちゃんってあなたが思うよりあなたのこと好きだから――コレは「お姉ちゃん」の女の勘だけど」
「……あ。そう」

 姉貴の女の勘って、信じていいのか悪いのか……微妙だな。



 しかし、姉貴の思惑は 確かに 奈菜の気持ちを当てていたのだ。

「ねえ、遥くん。白石さんって、本当に怪盗が目的なのかな?」
 と、猫っ毛をポニーテールにした頭がふよふよと風に揺れていて気持ち良さそうな午後の屋上で訊いてきた。
 5限と6限の間の休み時間だから、俺たち以外は誰もいない。
 眼下に見える校庭をフェンス越しに眺めて、奈菜は座って、俺は隣に立っていた。
 学食の前で買ってきた100%オレンジジュースの紙パックをストローで吸いながら、はて? と首をかしげる。
 確かに、白石が本気で怪盗に恋をしているのかは疑わしい。
「なんだよ、なんか気になることでもあるのか?」
「うん」
 コクリ、と頷いて、こっちを見るなよ。
 可愛いじゃん。
「なんか、遥くんにベタベタしてない?」
「は?」
 確かに、時々腕を組んでくるけどな。
 不必要にベタベタしてくる時もあれば、知らんぷりって時もあるし。
 美人って、気まぐれなんだよな。誰を基本にしてるかって言うのは伏せておくけど、俺はそういうの慣れてるんだ。
「本当は、遥くんが好きなのかもって思うの……変なことも訊いてくるし」
「まさか。白石のアレって、そんなんじゃないぞ。俺、全然好意を持たれてる気がしねぇもん」
「そんなのわかんないよ。もしかして、上手く隠してるのかもしれないし……遥くんだし」
「なんだよ、その「遥くんだし」って言うのは」

「わたしの気持ちだって、全然わかってない遥くんだし――ってコトだもん」

 ぷぅっ、てふくれる奈菜は、欲目かもしれないが抱きしめたくなるくらい可愛い。
「遥くん!」
 そう思ったら、勝手に抱きしめてた。
 口に、紙パックのくっついたストローをくわえて、笑うしかない。
「奈菜は、俺が好きなんだよな。だから、ヤキモチ焼いてくれてるんだ?」
 真っ赤になった彼女は、「もうもう!」と俺の腕の中で暴れて言った。
「遥くんって、デレカシーがないんだも! バカ!!」

 そして、ポトリと落ちる紙パック。

「奈菜」
 10分休憩が終わる鐘が鳴る。
 ヤバイ、顔が赤いかも。
「遥くん、あんまり白石さんと腕組んだらダメだからね」
「了解」
 ああ、俺っていいように操られるよな。
 でも、仕方ない。奈菜からのキスなんて、希少価値だ。
 頬を染めて、奈菜は笑った。

 俺からのキスを受ける。

 このまま、押し倒してもいいですか?
 って、丁寧に 誰に 訊いてるんだ、俺。


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