盗のお仕事。3-4。「白×キス泥棒」4


〜甘品高校シリーズ3〜
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 奈菜は、ふくれた猫のように怒っていた。
「 バカ! 」
 そりゃ、そうだろうなあ……と反省は 一応 してるんだ。コレでも。
 でもさ。
 肩がふるえる。
「笑うなー!」

「ハッ!」

 顔を真っ赤にして怒る奈菜を前にして、笑わずにいるのは至難の技だった。
 だって――。
「な。なによ……可愛いなんてバレバレの嘘なんかついて! わたしなんて全然可愛くないよ。分かってるわよっ」
「奈菜」
「そんなの、言われなくたって分かってるし。悪かったわね! 遥くんのバカばか馬鹿チビ!!」
 涙目になって睨んできた彼女に、ぷくくと笑いながら抱きしめた。
「 チビは余計だろ、チビは 」
 可愛すぎるんだ、反応が。
「あのさ、俺は嘘なんかついてないんだけど……だって、邪魔だろ? アイツら」
 追い払うには、あてつけるのが一番だ。
 息をひそめた奈菜が、身を固くしたまま顔を上げて首をかしげた。
「はぁっ?」
「奈菜さ。昨日、俺が言ったこと覚えてる?」
 さらに彼女は眉をひそめて、よく分からないような表情をしてみせた。
 やっぱり、全然分かってない。
 そういうトコも、面白いけど。
「――俺の「彼女」は奈菜しかいないって話」

 好きだよ……と呟く自分に、まるで自分が自分じゃないような気分になる。

「奈菜は?」
 声も掠〔かす〕れてなんかちがって聞こえるし、変な感じだ。
「キスしていい?」
 って、何言っているんだ、俺?
 奈菜が、大きく目を見開いたのを見て、少なからず動揺した。
 でも、動揺しても身体は勝手に動くんだって、俺はこの時 はじめて 知ったんだ。


   *** ***


 顎に手をかけられて、傾けられる。
 冗談だと思った。って、言うか!
 わたし、許可してないんですけど……訊いておいて、コレはないと思うっ。
 そりゃ、ハジメテじゃないけどさ。
 でも、慣れないよ。

 近づきすぎて――クラクラする。
 気絶しそう。

「……遥くん」
 触れて、すぐ離れた唇で彼の名前を呼ぶ。
「好き」
 うわ言のように呟いたら、またキスが降りてきた。
(え? あの……ちょっと。苦しいんですけど?)
 遥くんって、結構キス魔みたい……ぼんやりと、そんなことを考えた。



 ようやく解放されたとき、わたしは立っていることさえできずに彼にしがみついていた。
 浅い息を吐いて、真っ白だった思考が働くと、一気に恥ずかしさがこみあげてくる。
(いーやー! なんかやらしい……やらしくない? わたしのカラダ!)
 足に力が入らない、まるでちがう生き物のようにまったくいうことをきかなかった。
 どうしたらいいのか分からなくて、顔をそむけて彼の肩に頬をあずける。
 と。
 肩に廻った彼の手に力がこもる。
 ホッ、と心があたたかくなる。

「 なんか、俺、色情魔みたいだ 」

 あ。自覚あるんだ……と思ったら笑えた。
 ふっ、と口元がゆるむ。
「ねえ? 遥くん」
「なに?」

「明日……クリスマス・イブだね」

 彼の身体が、ぴくんと反応して固まったのが分かった――わたし、なんか悪いこと言ったかな?


   *** ***


「明日……クリスマス・イブだね」

 ごろごろ、と懐いてきた猫のようにすりついてきた奈菜の言葉に不覚にも固まった。
(ヤバイ、どうするんだ?)
 ようやく手に入れた彼女に、また逃げられるのはイヤだった。けれど、どうすればこの 一大イベント を上手く断れるのか……頭が働かない。
 絶対、なんか勘ぐられるに決まってるんだ。
 奈菜は、そういうことにかけては想像力がたくましいからさ。
 とりあえず、逃げられないように強く抱いとこう……意味ないけど。
「遥くん?」
「うー、あのさ……そのことだけど」
 絶体絶命、大ピンチ。
 誰か、助けてくれよっ。

 っと、バイブ設定だった携帯が振動した。

 こんな時に誰だよ!
 ちょっと助かったけどっ、でも、ただ先送りになっただけって気もする。
「はいっ」
『 よ。楽しんでる? 』
 届いたのは、聞きなれた美声。
 能天気にくすくすと笑っている気配がするのをみると、俺が奈菜といることを知った上でかけてきたらしい。
 まさか、尾行〔つ〕けてきたりしてないよな?
 そんなヘマはしてないハズだ。舞い上がってるから、いつもよりは注意力が落ちてるかもしれないけどさ。
 奈菜に目配せして、
「センパイ?」
『奈菜ちゃん、そこにいるんだろ?』
 やっぱりかよ、と思いつつ、辺りをうかがう。
 いないよな?
「ええ、まあ……」
『あ。尾行けてないよ。念のため』
 俺の考えを見透かしたようなセンパイの言葉に、イヤになる。
 こういうトコ、センパイって 千里眼 だ。
 あるいは、俺が単純なだけかもしれないけど……うわっ、イヤだな。ソレ!
「何か、用ですか? センパイ」
 あからさまにつっけんどんに応じると、携帯の向こうで『待て待て』とやけに慌てたヤツの声。
 切られる、とでも思ったか。
 まあ、当たらずも遠からず。
 受話器のボタンに指をかけつつ、受ける。
「だから、なんですか?」
『奈菜ちゃんに替わってくれる? 大丈夫、悪いようにはしないから……遥くん』

 その言い方が、詐欺師のようだと俺は思った。

「……分かりました。奈菜?」
 携帯を差し出すと、奈菜は目を瞬かせて「わたし?」と不思議そうな顔をした。
「センパイが、ご指名だから」
 俺から携帯を受け取ると、「もしもし」と小さな声で言った。
 固い表情は一瞬で、すぐに打ち解ける。
「え? 明日……はい、でも西野先輩……いいんですか?」
 奈菜がチラリ、とこっちを向いた。
 何の話をしてるかは分からないが、明日のことだというのは確かだ。
 目をすがめる。
 なに、考えてるんだ? あの人は。
「はい、……はい。ありがとうございます、じゃあ、明日。はい、失礼します」
 携帯を切ると、奈菜が申し訳なさそうに俺を見た。
「遥くん、明日……怪盗が出るんだって。予告状が来たの……だから」
 ああ、そういう手を使ったか。
 助かったとは思いつつ、一つも二つも先手を打つセンパイに嫉妬する。
 いや、憧れる時もあるけどさ。時々。
「 じゃあさ、明日……午前中だけでも会おうか? 」
 午前中なら、俺も姉貴に許してもらえるハズだ。
 奈菜は、不安そうな表情を和らげて、嬉しそうに笑った。
「うん」

 ほんの少し、罪悪感がうずいた。



 ――奈菜から受け取った携帯に、ほどなくメールが届いた。

 分かっていたけど、ヤツからだ。
 西野雅弘。
 ヤツにも、切実な理由がある。詳しいことは、知らないけど……。
『 わが弟よ。借り一つ、貸しとくよ。願わくば、早めの返済をよろしく 』

 誰が、いつ、弟になったよ?


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