「早く、言ってくれればいいのに。チビ!」
「チビって言うな! 勝手に歩いてたのは、そっちだろっ」
やいのやいのと、いつもの口喧嘩……もとい、コミュニケーションをはかりつつ、俺たちはもといた道を引き返して甘品南小学校にたどり着く。
冬、という季節柄か。あるいは、クリスマス近いというシーズンのせいか。
校庭は閑散としていた。
目新しいモノなど何もない。古い小学校にはありがちな、タイヤで作った跳び箱やジャングルジム、鉄棒にウンテイなどが校舎を縁取るように並んでいる。
「 うーわー! 」
奈菜が目をキラキラさせて歓声をあげたものだから、俺は訊いた。
「なんだよ、そんなにめずらしいモノがあるか?」
「え? んーん、そういやないね?」
「ないね? って、おまえ……」
脱力する回答を、ありがとうよっ。
首をかしげて考えたかと思うと、奈菜は笑って首をふった。
「わたしのいた小学校と似てるみたい……ちょっと懐かしいなあ」
確かに、三年ほど離れていただけだったが、あの頃とはまったくちがって見える。
あの頃は、両親もいて、姉貴もあんなんじゃなくて分かりやすい性格をしていたのだ。
センパイも、今より多少まともで……俺はもっと小さかった。
だからだろうか?
鉄棒もジャングルジムも――。
「ちっさいよねえ。こんなので遊んでたなんて、信じられないと思わない?」
「あ? ……まあな」
見透かされた気がして曖昧な相槌を打つと、奈菜はくすくすと笑った。まるで、からかうような上目遣いでコッチを見てくるから眉を寄せる。
まあ、大体の察しはつくけどな。
「なんだよ?」
「遥くんの場合、あんまり今でも違和感ないないかもだけど」
言うと、思った。
「悪かったな……奈菜だって大差ないだろ」
「あー、うん。そだね?」
不意に、間近で視線が交錯して押し黙る。
「 ……… 」
おいおい、いきなりなんで意識するんだ?
俺まで、気恥ずかしくなるだろ!
とは言え、ここはひとつ決めておかなくてはいけないだろう。
今日は何も、思い出観光をするために彼女を誘ったワケではないのだから。
手袋をつけた手を握る。
「 奈菜 」
*** ***
「ぅわ! はぁいっ」
手袋ごしの感触にびっくりして、顔を上げるとそこには真剣な目の遥くんがいた。
自分でも「 失敗した 」と思った。
だけど、遥くんは知らないんだ。背が低いということは、それだけ間近に目を合わせるということでしょ。
不意打ちで合うと、胸が過剰反応を起こして苦しくなるんだから!
意識して、当たり前なんだってばっ。
「あのさ――」
ああ、顔が熱い。
冬なのにこの熱さは異常かも。
湯気上がっていたりして……まったく、笑えない話だわ。でも、だからって視線をそらすこともできないワケで。
なによなによなによ、遥くんのくせにカッコいいじゃないさ!
「 昨日の話だけど…… 」
ぽーん、コロコロ。
「え?」と思った瞬間、いきなり足元に転がってきたのはサッカーボールだった。
「あっ、すみませーん」
背後からかけられた言葉に、反射的に遥くんから飛び離れてふり返る。
中学生らしいサッカー少年が走りよってくるところで、「あ」と彼は立ち止まった。って、なんで?
「 飛木先輩! 」
「……懐かしい呼び方だなあ、ソレも」
不本意そうに遥くんは笑って、頭を下げるサッカー少年に「久しぶり」と手をふった。
甘品南小学校に隣接した、甘品中学校からわらわらと集まってきたユニフォーム姿のサッカー部員たちに、思わず一歩あとざする。
輪の中心に据えられた遥くんを見ると、彼らはどうやら中学時代の彼の後輩にあたるらしい。
背丈は同じくらい。か、むしろ彼らの方が大きかった。
って、コレ。
遥くんに言ったら、怒られるかな?
「高校はどうですか?」
とか。
「サッカー部、入りました?」
とか。
「先輩なら、即レギュラーでしょう!」
やら……とにかく、慕われているのがよく分かる。
もちろん、遥くんの運動能力が高いことは認めるけれど。でも! 特定の部活をしていたなんて、予想外というか。
じゃあ、どうして高校では助っ人なんだろう? とかグルグル疑問が渦巻いた。
「高校じゃ、入ってないんだ」
後輩の質問に、静かに答えて遥くんはわたしの方を見る。
えーっと、その目の感じはなに!
なんか企んでる!? みたいなイヤな笑い方。
「ほかにも大切なモノができたからね」
「 ! 」
わざとだ!
ぜったいっ、わざとだ!!
いまの、誤解を生むような発言はっ。
わっ、とサッカー少年たちの目がコッチを向いて祝福されているような、そうでもないような悲喜こもごもな眼差しで品定めされた。
ような気がする!
「先輩の彼女さんですか?」
いえ! ちがいますっ。
「むぐっ!」
わたしの全否定は遥くんの手によって遮られ、背後から羽交い絞めにされる。
ええ、コレは抱きしめてません、だって苦しいもん。
「は、る゛がぐん゛んん!」
「いいから、黙って」
ぼそり、とジタバタするわたしの耳元に低く囁かれて、息がかかるほどそばに顔があることに真っ赤になる。
いーやーっ。
遥くん! 気づいてないでしょ!!
手で触ってるトコロ、かるーく胸なんですけど。
しかも、厚手のコート着てるし……全然、存在感ないとは思うけど!!
でも、恥ずかしいのよ。
はなして欲しいのに、ヤツは気づいてくれようとしなかった――それどころか。
「 そう、彼女。可愛いだろ? 」
「 !! 」
いきなり何言い出すんデスカ!
キャラじゃないから、そういうの。
「可愛いですけど……」
ホラ、見なさい。
なによ、このビミョーな空気! ……いたたまれないじゃないさ。
あからさまに疑わしげな後輩たちの視線を浴びて、わたしは静かに遥くんの横顔を睨みつけた。
遥くんの、バカぁ!
やっぱり、わたしのこと嫌いなんでしょ。そうなんでしょっ。泣いてやるっ。
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