12月22日。
長かった二学期の終わりを告げるチャイムが鳴る。
気の重い自分の通信簿をカバンにしまって瞬時に忘れると、清清しいほどの開放感と目白押しの年末イベントにわたしは期待いっぱい夢めいいっぱい、美夜ちゃんへと声をかける。
年末と言えば、コレよね。コレ!
「美夜ちゃん、美夜ちゃん。明後日〔あさって〕のクリスマス・イブはどうする?」
「は? やだなー、わたしはそんな無粋なことしないってば! 気にしないで 彼 と過ごしなよ」
さも当然とばかりに、美夜ちゃんは笑って隣の席をチロリとうかがう。
幸いなことに、遥くんは席にいず……教壇の前にある友人の席で話しこんでいた。
ホッ、としてわたしは声をひそめて、相変わらずの激しい誤解っぷりな友人へ言った。
「か、彼じゃないよ。遥くんは」
「往生際が悪いよ、ナナちゃん」
「や、往生際とかそういう話じゃないし、誤解なんだってば……遥くんは、クラブ仲間だもん」
わたしよりもさらに小柄な美夜ちゃんは、首をかしげて「そうかなあ?」と上目遣いで見上げてくる。
「アイツが否定しないのは、面倒だからで。全然、そーいう色っぽい関係じゃないんだってば」
「でも、ナナちゃん。奈菜ちゃんは自覚したんじゃないの?」
「な、なんで?!」
美夜ちゃんの妙に鋭い問いかけに、わたしは湯だってしまった。
なんで、そんなこと知ってるのだっ!?
……そうなんだ。
彼女の言うとおり、たぶん、わたしは彼が好きなのだろうと思う。
なのだけども!
(わたしって、分かりやすい? まさか、ヤツにもバレてるとかないよねっ)
「だったら、なおさら頑張りなよ。こ・く・は・く、しちゃえば?」
ふふふ、と笑って、美夜ちゃんはさらに無責任なことを言い放った。
「 公認の仲 なんだし」
( ムリ! )
と、叫びそうになってわたしは自らの口を押さえて真っ赤になる。
「そんなのできないよ、フラれたら隣の席になんて座れないってばっ」
「平気平気、ナナちゃんより飛木くんのほうがあからさまだから。バレバレよ」
よいしょ、とカバンを手にして、美夜ちゃんは謎めいた言葉をおかしそうに口にした。
「あからさま? バレバレ? って。どういうこと??」
「ナナちゃん、ニブい」
がーん、とショックを受けることをさっくりと宣告するアナタ、友人としてどうですかっ!
もうちょっと、オブラートに包んでください。せめて、クエスチョン・マークをつけるとか!!
努力はイロイロできるでしょう? ねえっ?!
ひどく傷ついたわたしに、手をふって言った。
「あのね。飛木くんは、好きでもない子と噂になって放置するような人じゃないと思う。脈アリじゃない?」
……そんなバカな。
と、わたしは唸って、教室の一角でケラケラと笑ってるヤツを見た。
遥くんがわたしを?
考えて、噂を放置しているコトや「奈菜」と呼ぶ躊躇いのない態度、それに強引に手をつないできたりもするし、だんだんと真実味を帯びてくる。
( え? )
自分の妄想にビックリした。
だから。
「井元さん」と背後から声をかけられて、慌ててしまった。
カバンを机から落っことしそうになって、何とか押さえてふり返る。
前かがみになった体勢はかなり情けないですが、気にしないでください。
「ちょっと、いいかしら?」
「は、あ……?」
これはこれは、遥くんのファンクラブのみなさん、勢ぞろいで。……ハッ!
もしや、わたし。大ピンチ?
*** ***
「ファンクラブ」もとい「 可愛い 遥くんを見守ろうの会」の ふざけた 定期報告会に俺はまたしても付き合わされ、その内容に思わず呻〔うめ〕いた。
「 いま、なんて言った? 」
「だーかーらー、飛木くんに 彼女 ができちゃったって 嘘 ついちゃった」
ついちゃった、ってコラ。笑って言うか?
「彼女、なかなか強情でニブいじゃない? コレくらいしたら、ちょっとは効くかな? と思って」
効くかな? じゃねーよ。俺に、彼女だって?
コイツら、本気で遊んでやがるな……確かに、奈菜はニブいけどさ。いくら何でも、この嘘はいただけないだろ?
信じたら、どうするんだよ。信じたら。
ただでさえ望みが薄いのに、俺に 彼女 がいるなんて思いこんだら何をしても気づいてもらえない可能性が高い。
最悪。
「おまえら、なあ? 余計なことするなよ。頭いてー」
俺は立ち上がると、楽しんでいる彼女たちを睨みつけ、横切る。
しかし、凄んではみたもののあまり効果はなかったらしい。せめて、もう少し上背があって目線が上ならマシだったかもしれないが――ふん。
「頑張ってねー、飛木くん」
と、無責任にも無邪気なエールを送ってくる「見守る会」のメンバーたち。
(……覚えてろよ、おまえら!)
で、部室まで行ってみると部室の前で固まっている奈菜を見つけた。
「 奈菜? 」
俺の声にビクリ、と反応して……聞こえてないハズはないのに、何故〔なぜ〕か顔を上げずに俯〔うつむ〕いている。
変だな、と思った。
「おい、何かあった?」
肩に手を置いて覗きこむと、目が合う。俺の顔を映した彼女の瞳が、痛々しく引きつった。
(なんでそんな……泣きそうな顔?)
「 は、るかくん? 」
かと思うと、奈菜の頬に一筋、涙がすべる。
それには奈菜自身驚いたのか、瞬いて慌てて拭う。
「わ、わたし……ちがうの。あの、帰るね!」
と。
そのまま、逃げようとする彼女に俺は素早く手首を掴んで拘束し、垣間見た部室の中の光景に深い怒りを覚えた。
( 泣いたのは、コレのせいかよ! )
俺にそんな……泣き顔なんて見せておいて、無事ですむと思うなよ?
*** ***
やだやだやだやだー!
と、わたしは涙を止めることもできずに抵抗した。
なんで、こんなことになっているのか……恥ずかしくて情けなくて逃げ出したかった。
今はやだ!
一緒にいたくないんだってばっ。普通になんて、できないもん。
なのに、運動神経がずば抜けていい彼のこと、難なくわたしを捕らえると部室裏まで連れてきて壁に押しつける。
痛い。
と、思ったら、遥くんに掴まれた手首が赤く痕になっている。
なんで。
なんでなんでなんで?
なんで、放っておいてくれないの。
なんで、こんな人通りのないところで向かい合っているの。
なんで、遥くんの顔がこんな近く……怒ったような顔でわたしを見ているの。
あ、息がかかる。
「 や! 」
何が起こるのか、ようやく理解したわたしは顔をそむけたけれど遅かった。
目を閉じると。
熱く、唇が重なって体がギュッと密着した。
なに、コレ?
既視感〔デ・ジャ・ヴュ〕みたいに、重なる影は――怪盗。
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