盗のお仕事。2-2。「だしい答えの出し方」2


〜甘品高校シリーズ2〜
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「せ、先輩! すいませんっ」
「や、奈菜ちゃん。おはよう……走らなくてもいいからさ。俺も今来たとこなんだ」

 南環城駅に、午前10時。
 5分ばかり約束の時間を過ぎた駅の時計に、にこりと西野先輩が笑って手をふったから、頬が熱くなる。
(せ、先輩ってなんか、なんかとってもいい彼氏かも!)
「なに? 奈菜ちゃん。ボゥッとして……平気?」
「うひゃ?! わ、へ……平気ですっ」
 間近な先輩の眉をしかめた悩ましげな表情に、飛びすさってわたしは誤魔化すようにたはは、と笑った。

「ん。じゃ、はい」
 優しい微笑とともに、差し出された手にわたしはうかがうように先輩を見上げた。
「すごい人でしょ? ココ、駅前だし……試験明けでいつもより人が増えてるしね。だから、迷子防止」
 心地のいい美声でそう促されると、ボゥッとして自然に手を重ねた。
(迷子防止、か。すごい人だもんね)
 キョロキョロと周りの人波を見渡して、まだあまり土地勘のない場所に戸惑う。
「行こっか?」
「はい」
 上から降る先輩のうっとりする声に安心して、わたしは改札に向かって歩き出した。


   *** ***


 ゴン、と『ゴミはゴミ箱へ』と書かれた注意喚起の公共広告へ額をあてた俺に姉貴の容赦ない叱咤が飛ぶ。
「遥。落ちこむのは勝手だけど、あとにして。鬱陶しいわ」
「……わかってるよ。あー、俺ってバカみたいだ」
「そうね。確かに バカ だわ」
 って、こら。
 なんだ、その妙な納得は……少しは労わりやがれ。
 可愛い弟の傷心だろーが!
 恨めしく睨むと、姉貴は黒ぶちの眼鏡から冷ややかに見返してくる。
「で、どうするの? まだ、わたしに付き合うつもり?」
 近頃の姉貴はなんか不機嫌だ。
 一時期、ちょっと落ちこんでいた気もするけど……傍目にはどっちもそう代わり映えしないので判断することもないのだが。
 ただ、目安はある。
「わたしのジャマをするなら、来ないでね」
 いつもに輪をかけて、スッパリとした痛烈な姉貴の言葉。
 コレ、これだよ。あまりの扱いに涙がでてくる。いや、涙うんぬんは誇張だけどさ。
 顔に出ない分、姉貴のお怒りはかなり怖い。
 一体、誰が怒らせたんだ? 十中八九センパイだろうけど……。

「そりゃ――付き合うさ。当然だろ」

 改札を抜けていく二つの影を追いながら、俺は深い息を吐く。
(どうして、センパイはよくて俺はダメなんだ? アイツ)
 雅弘の差し出した手をすんなりと受ける奈菜は、心なしか嬉しそうに見えた。……ひとしきり落ちこんで、
(ムカつくけど、ここはとことん観察するしかない。彼女をどうしたら手に入れられるか。活用できる気は、――しないけどさ)



 そんなワケで、奈菜と雅弘を尾行した先にあったのは――南環城区立天〔あめ〕遺跡博物館だった。
 雅弘が窓口でチケットを購入すると、奈菜に手渡す。
 姉貴と俺もすこし遅れて中に入ってはみたものの、なんとなく雅弘の意図は分かった。
「姉貴」
 俺が声をひそめて呼ぶと、聡明な彼女は当然すでに察していた。
「ええ、どういう経緯かは分からないけど……ココまで、彼女に追い詰められたようね。問題は、 どこまで 気づかれてるかってコトだけど――」
 試験明けの休みとあって、博物館内はそれなりに人がいて好都合だった。
 少しずつ、近づいてみる。
 けれど。
 姉貴は、かなりトロいから――そんなに近づいたらヤバいだろ?
 俺は俺で、理由が分かればなんとなくホッとして、なかば奈菜たちに見つかっても構わないとまで思っていた。
(バレたらバレたで、好都合じゃねぇか?)
 雅弘と奈菜を二人きりにする義理はない。
 理由がアレの説明にあるのなら、なおさらだ。
 ドン、と姉貴は案の定、人の波にのせられて上手く奈菜に衝突した。

「ひゃっ!」

 と、奈菜は姉貴と顔を合わせて目を見開いた。
 それは、そうだ。
「れ、い先輩?」
 どうしてここに? という表情で、至近距離の姉貴を見る。

「……他人の空似です」

( って、オイ )
 それは、いくらなんでも無理があるだろう。姉貴!
「あれ、どしたの? 奈菜ちゃん。……と、伶?」
 雅弘と目が合う。
 その時の姉貴をどう表現したらいいだろう。
 トロいくせに、一生懸命逃げるさまは――挙動不審すぎるって。
 俺の肩を雅弘が叩いて、ニヤリと聞きなれた美声で囁く。

『 説明は、まかせたよ。遥くん 』

 かるくウィンクなんか、飛ばすなよ。恥ずかしいヤツめ。
 姉貴を追っていく雅弘の背中を眺めて、俺はどうしたものか……と頭をかいた。
 たぶん、姉貴はすぐにヤツに捕まるだろうが――問題はコッチだ。
 「説明」ったって、どこまですればいいんだよ。


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