盗のお仕事。2-1。「だしい答えの出し方」1


〜甘品高校シリーズ2〜
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 そんなワケでわたしは今、体育館裏に向かっている。
 何が、そんなワケなのかっていうとさ――切羽詰っていたんだ、本当に。



 体育館裏って、安直だったかな?

 そんなことを考えて急に緊張してきた。
(ば、バカ。べつに告白しにいくワケじゃないじゃない……いや、ある意味「告白」なんだけどね! ビミョーにズレてます、論点がっ)
 いつの間にか、顔が火照〔ほて〕って自分でも何をしにいくのかワケがわからなくなってきた。
( コラ! しっかりしろ、わたし!! )
 ぱん、とかるく頬をはたく。
 手が冷たい。
 ハァ、と深呼吸をひとつすると、ほどよく冷えた外気がちょうどよくて、わずかに息を白くした。

 体育館の横を通って人通りのない裏側に顔を覗かせる。

「 や。ナナちゃん。話ってなに? 」

 うっとりとする美声で西野先輩は、わたしに笑いかけた。
 このシチュエーション。
 先輩、……似合いすぎてます。



(やっぱり、コレって告白するみたいでドキドキする――)

 なんとなく俯〔うつむ〕いて、躊躇〔ためら〕った。
 躊躇ってる場合じゃないんだけど……変な誤解されたらどうするの?
 そんなわたしの心配は、正当な意味で杞憂だったけれど、間違った意味では確実に当たっていた。

「あの……西野先輩……」

 西野先輩はわたしが言うよりも早く、くすくすっと笑った。
「あー、アレだろ?」

「 うえっ?! 」
(も、もう分かっちゃうんですか?! センパイ、じつは犯罪捜査に協力してる超能力者なんですね?!)
 わたしは思わず、うろたえてどうでもいいことを握りこぶしで考えた。
 見上げると、先輩はおかしそうに笑って、言った。
「なに? 遥くんに迫られた? で、どうしたらいいか困ってるんだね。二人ともハジメテだったら、イロイロ大変だし。いいよ、何でも訊いてよ」
「な、何でも??」

(って、先輩。ソレ、だぁい勘違いですからっ! っていうか、どういう超能力使うんですかっ。飛び越えすぎてて、わたし、ついていけません!)
 否定することも忘れてクラクラしていると、先輩は何を思ったかイキナリ「避○」の仕方とかやけに詳しく説明しだしてしまったから、焦った。
「わぁぁぁ! ち、ちがいますっ! 先輩っ」
 必死になって遮ると、西野先輩はきょとんとして「あれ?」という顔をする。
「避妊じゃないとすると、もしかしてもうしちゃったの? 早いね」
「し、しちゃ……ッんな?!」
 わたしは今度こそ、毛羽立った猫のように固まった。

(せ、せっかく伏字にしたのに!? ああっ、重要なのはソコじゃないです。ソコじゃなくて、わたしと遥くんの関係――ものすごい勘ぐりです!)

 ぶんぶんと首をふって、否定する。
「せ、先輩。誤解してます! わたしと遥くんはそういう仲じゃないし……ただのクラスメートで部活仲間なんですからっ」
「……またまた」
 まったく信用してないというようにヒラヒラと手のひらをかざして、真っ赤だろう私の顔をぽかんと見たあと、まじまじと眺めた。
「え? 本当に?」
「 ホントウです! 」
「キスもまだ?」
「だ、だからっどうしてそういう解釈になるんですかっ! 先輩は!!」
「――や、ごめん。そうだったのか……俺はもうてっきり……」
 真っ赤っ赤に熟〔う〕れて威嚇するわたしに困ったように微笑んで、「遥くんもオクテだな〜」とか何とか意味不明なことを呟いてから、視線を戻した。

「で?」

「え?」
 先輩の問いかけに、わたしは首をかしげた。
「俺に何か話があるんだろう? 奈菜ちゃん……まあ、期末試験関係でないことを祈るけど」
 にっこりとやさしく笑った西野先輩に見惚れて、わたしはやっぱり先輩があの怪盗だとは思えなかった。
 じゃあ、先輩はどうしてあの石をもっているのか……それが、訊きたかったのだ。

 ――でないと。

(でないと、わたし。――気になってテスト勉強どころじゃないんです)


   *** ***


 学生の本分、それは「スポーツ」でもなければもちろん「恋愛」でもない。
 勉学である。
 期末試験を一週間後に控えた甘品高校の放課後、部活は一部をのぞいて自粛となり、ホームルーム終了の鐘が鳴ると同時に、ほとんどの生徒がなかば強制的に帰途につく。
 ……そんな人影もまばらな午後。

 俺は体育館裏まで来ていた。
 そこで聞いた言葉の断片に言葉を失う。

(ウソだろ、おい)

 チラリ、と一緒にやってきていた姉貴のほうを見ると、いつもと変わらぬ黒ぶち眼鏡の無表情で先にある二つの影を眺めていた。
 雅弘は確かに「付き合ってくれない?」と、奈菜に言った。
 俺にとって、問題はそこではなく……だって、センパイが本気で奈菜と付き合うワケがないのは知ってるし……ヤツが姉貴に惚れてるのは確かだから疑う気にもならない。
 だから、問題は彼女だ。
 コクン、と雅弘の問いかけに奈菜は素直に頷いた。
 ちょっと頬を染めて、それがなんかムカつく!
 そりゃあ、わかってたさ。アイツがセンパイに好意をもっているのなんかバレバレだしな……くそっ!

「 遥 」

「何だよ、姉貴」
 やさぐれた気持ちで答えて、俺は試験明けにデートの約束をしているらしい二人を眺めるしかなかった。
 こんなトコまで、探しになんか来るんじゃなかった。奈菜が雅弘を呼び出したなんて、耳にしたのがそもそもの間違いだ。
「ジャマしないの?」
「 するかよ 」
 煽〔あお〕るような姉貴の言葉は、まるで人をバカにしている気がした。
 俺がそんな真似をするような女々しい男だと思ってるのか?
 邪魔をしたくないワケじゃあない。
 当然、奈菜がこのまま雅弘に傷つけられるのをみすみす見守るつもりもないけど、……邪魔なんて情けないことなんかするもんか!
「そう」
 ぼんやりとした姉貴の声は、なんとなく落ちこんでいるようにも聞こえるが……後ろをかえりみると、あるのはやはりいつもの姉貴の瓢然とした顔だった。
 変は変なんだけどな……?
「姉貴?」

「遥がしないなら、わたしがしようかな」

( ちょっと、待て。 )

「するって、姉貴。……何を?」
 とりあえず、確認してみる。時々、姉貴の言葉は前後が難解だからさ。
「言ったとおりよ? 遥。西野と奈菜ちゃんのジャマをするの」
「おいおい」
 至極真面目に何を言い出すのか、意思をくみとるのが難しい姉貴の鉄面皮を一生懸命探って俺は途方に暮れた。

 わからねぇ!

 まさか、本気か? お姉さま。


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