姉貴の意味深な流し目に、俺は唸った。
つないだままの井元の手は少し怯えたように引いてくる。
ああ、もう。
こう逃げられると、意地になる。ぜってー、放してなんかやるもんか!
だいたい、奈菜はニブい。
俺のファンクラブだか、ナンだか知らないが……要は「 可愛い 遥くんを見守ろうの会」なんていうふざけた趣旨のバカげた集団に詰め寄られて「ただのクラブ仲間」だとか何とか答えているらしい。
いや。律儀に答えなくてもいいんだが、それにしても「クラブ仲間」はないだろ?
俺はただの「クラブ仲間」と噂になって放置する趣味はない。はっきり言って。
――まあ、口にしてないからアレだけどさ。
俺にもイロイロ事情ってモンがあるんだから、仕方ない。
とにかく、コイツだ。
もう少し、何かあっていいんじゃないか? オイ。
ご親切にも「見守ろうの会」の面々は、俺に詳細に連絡をしてくるから否が応にも耳に入る上に、奈菜には通じてないクセにいらん相手にはモロバレらしい俺の思惑を案じて、ご丁寧に代弁までしてくれているのだそうだ。 彼女たち曰く。
「匂わせておいたから、あと一押しよ」と、満面の笑み。
余計なお世話だ、おまえら。
あれは、絶対俺をダシに遊んでいるとしか思えない。
「……どいつもこいつも」
「――え?」
俺の口ずさんだ愚痴に、奈菜がぴょこんと顔をあげて訝しそうに首を傾げた。
「いや、奈菜じゃなくて……姉貴」
「なによ、わたしが何かしたかしら?」
無表情で威嚇する姉貴は、パタンと読んでいた『メダカの飼育』という本を閉じて立ち上がる。
「揃ったみたいね、始めましょうか」
「いやー、初々しいね。遥くん、奈菜ちゃん」
ニカニカと笑いながら、背後の部室の出入り口に立った最後の「超常研」メンバー西野雅弘はスラリとした肢体を逆光で映して扉を閉める。
隣の奈菜が、ひどく動揺した。
「ち、ちがいます! コレはっ。センパイ、誤解しないでくださいねっ」
はーっ。
俺は思わず手を放した。
ここまで言われてのほほんとつないでいられるほど、俺だって暢気〔のんき〕なバカじゃない。
雅弘は、ちがうちがうって目で訴えてくるけどさ、どう考えたってそうだろ?
真っ赤になった奈菜は、たぶん俺が手を放したことさえ気づいていないし。
(あーあ、やってらんねー)
こんなんじゃ、告白したって絶対望みないんだろう……あ。なんか、すっげームカついてきた。
「わたし、何もされてません! あんな――」
「は?」
激しく抗弁する奈菜に思わず、俺は眉を寄せた。
ムカついていたぶん、間が抜けた声になる。
しかし。
何も……って、なんの話だ?
しまった、という顔をした奈菜はどうやら自分の失言に気づいたらしく、さらに真っ赤に熟れて静止したまま――なぜか、俺ではなく雅弘の方をすがるように見る。
雅弘は、彼女のそれに参ったなあという表情で応え、俺に目で訴えてくる。
( 見逃してやってよ )
と。
なんで、俺が――。
とは思うものの、奈菜の様子は少しでも追及しようものなら泣き出しそうな顔をしている。
そういう顔も、好きなんだけど。
「 ……… 」
仕方ない、自粛するか。
――また、嫌われるのはご免だし。
*** ***
なんとか話がそれてくれて、わたしはホッとした。
伶先輩の声にうながされて、それぞれに椅子に腰掛けようと簡易机へと集う。
ポン、と肩を叩かれて、コソリと西野先輩が美声を耳元に吹きかけた。
( ひっ! )
思わず、背筋が伸びた。
「ごめん、ナナちゃん。悪気はなかったんだけど」
「い、いえ。気にしてませんから」
じつのところ、つい今しがたまでかなり恨んでいたのだが、この声と間近の先輩に忘れてしまった。
( せ、先輩、これは 犯罪 です! ちがった!! 「反則」ですっ )
クラクラ、としてあとずさる。
その時、わたしは目を開けたまま、たぶん気絶した。
数秒のことだけど……でも、まさか。
西野先輩が――?
「ナナちゃん、どしたの?」
「いえ。なんでも……」
うまく誤魔化せたかどうか、ぎこちない笑顔をつくってわたしは席につく。
――西野先輩。
どうして、先輩があの石と同じモノを持っているんですか?
スカートの上から、思わずわたしは石を握りしめた。
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