目が覚めたら、アイツがいた。
気を失う前に見たような気がする怪盗の顔と……アイツの顔が重なったような映像にどきり、とする。
(そんなこと、あるワケないのに――)
朝、目覚まし時計よりも早く目が覚めて呆然と天井を眺めながら、わたしは自分の夢に「ビックリした……」と呟いた。 快晴。
嵐の次の日の空は、清清しいほどの青。
昨日の雷がまるで嘘のような、おだやかな天気だった。
*** ***
あの嵐の夜の出来事から、変わったことがある。
それは、自分でも不思議なほど自然な形で芽生えた関係で、特に口にはしなかったけれど信頼していた。
お互いの名前を呼ぶようになって、でも付き合っているワケでもなくて。
だって、結局は「ケンカ友達」に近いから……関係がよくなったからって、やっぱりアイツはわたしのことを時々「ペチャ」とからかうし、わたしも「チビ」と応戦してしまう。
コレが、前のように険悪にならないのは――彼、遥くんを少しだけ分かったからかな?
彼のコレは、結構照れかくしだったりすることが多い。
だから、わたしも悪意なく受け入れられる。
そりゃ、時々はカチンとなって言い合いになったりするけどさ!
美夜ちゃんには、やっぱりイロイロ勘ぐられていたりするけど、前のように気にはならない。
「 いいんじゃない 」
と、気のないふうに(これも、遥くんの照れかくしの一つっぽい)アイツが言うし……だったら、わたしも放っとこうと思う。
仲間感情、たぶんそういうのに近いんだろうな。
なんて、最近は思ってるんだけど――。
「奈菜」
「うん、行く」
がたん、と立ち上がってわたしは、教室の後ろの通路に出た遥くんに慌てて答えた。
終業の挨拶を終えた1年2組の教室で手早く教科書を鞄に詰めこむ。
鞄を手に、教室を出ようとすると、美夜ちゃんがからかうような流し目をして、手をふる。
「また、明日ね。ナナちゃん」
にこにこ笑う彼女に、少しわたしは仏頂面になって……でも、何も言わなかった。
だって、そういう目で見ているのは何も彼女ばかりではない。
日が経ってかなり沈静化したとは言え、あの「手をつないで教室飛び出し事件」からこっち、クラスメートのわたしと遥くんを見る目は総じて「公認の仲」となっている。
いいけど。
多少のむずがゆさを感じながら、わたしは美夜ちゃんに手をふり返す。
「うん、バイバイ」
遥くんは、わたしが教室から出てくると「遅い」とひと睨みをきかせて歩きはじめた。
彼はあんまり自覚してないけど、案外人目をひく人だ。
ずば抜けた運動神経というだけで知名度はかなり高いし、姉があの学校一の頭脳と呼ばれる伶さんだというのも大きい。上に、背は低いけどそれをのぞけばルックスだって整っているから……モテるのだ。コイツは。
部室への道中、ビシバシと好奇の視線を浴びてそろそろとわたしはため息をついた。
モテるのは、いい。いいんだけどさ、誤解されて困るのは色恋沙汰の集団心理というか。
何度か呼び出されて、問いただされるたびに……繰り返される問答。
「クラブ仲間だってば、噂は誤解なの」
「嘘よ」
彼女たちは彼女たちの理論があるらしく、しかもそれは彼女たちの中では定説となっていることらしい。
だって、全然ちがう集団でもここだけは同じなのだ。
「飛木くんが仲良くする女の子なんて、あなただけなんだから」
と、彼女たちは言う。
でも、
「―――」
よく分からなかった。
だって、そんなこと言われたってちがうものはちがうし。
チロリ、と隣を歩く少年の顔をうかがう。
彼に訊きたいことがある――でも、本当はあんまり聞きたくないのかも。
「なんだよ?」
凝視していたのか、訝しそうに眉をひそめた顔で遥くんがこっちを見る。
ぷるぷる、と首をふって、「なんでもない」と口ずさむ。
「ホラ」
なんですか、コレは。
――それは、手です。
理解する前に、そのぶっきらぼうな手はわたしの手首をつかまえてグングンと先に行く。
「は、遥くん?」
「トロトロしてるから、おまえ」
まっすぐに前を向いたまま、彼は短く言った。
悪かったわね、ワザとじゃないやい。
で。
手をつないで部室に入ったわたしたちを出迎えたのは、めずらしく早く来ていた多忙な伶先輩だった。
無感動な黒の瞳を、心持ち上げて注視する。
わたしたちのつないだ手。
「あらまあ」
隣の遥くんが思いっきり伶先輩を睨んで、「なんだよ」と低く唸った。
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