盗のお仕事。1-2。「の予感?」2


〜甘品高校シリーズ1〜
 1‐1 へ。 <・・・ 1-2 ・・・> 1‐3 へ。



 わたしの話を聞いた飛木くんは、最後にふき出した。

「何、ソレ?」

 彼の感想は、この一言であとはケラケラと笑う。
「………」
 そりゃあ、わたしだって「 アンタ とわたしが仲がいい」とか「好き」だなんて下手な冗談だとは思う。思うけど、ここまで笑われるなんてなんか……すっごく失礼じゃない?
 わたしは想像以上に腹が立って、無言で飛木くんを睨〔にら〕む。
 と、目を上げた彼と視線がかち合う。
 ふい、とそらして「井本さん?」との呼びかけにも返事をしなかった。
「なによ」
「え?」
 突然の言葉に、飛木くんは首をかしげた。わたしだって、分からない。
 どうしてこんなに、腹が立って……悲しいのか、なんて。
 それきり黙りこむと、気まずい沈黙が部室へと落ちた。


   *** ***


 わたしと飛木くんの険悪な関係は、正直なところ今に始まったことではない。
 ここ、数日わたしが彼を避けていたこともあり、部室内ではごく普通の光景だった。
 けれど、西野先輩には分かったようだった。
 もともとの原因をつくったのが自分の失言だった……というのが、気になっているのかもしれない。

( べつに、先輩のせいじゃないのに―― )
 かがんで美声をひそめて訊いてくる先輩に、申し訳ない気になる。
 だって、飛木くんとのコレはたぶん、 ――とことん 相性が悪いだけなのだ。
 わたしのダンマリに最初訝しくしていた彼も、次第に機嫌を悪くして今ではお互いにピリピリとした一触即発状態だ。
「えーっと、奈菜ちゃん。遥くんと……もしかして悪化した?」
「はい、まあ」
 もう、笑うしかない。
「 センパイ 」
 不機嫌な声は、飛木くんのモノだった。
 イラだったような……剣呑な眼差しで睨んでくる。
「いい加減、諦めてもらった方がいいよ。そいつの研究、ムダだから」
「遥くん」
 困惑したように西野先輩が彼を見て、心配そうにわたしを見る。

 大丈夫です、先輩。
 わたし、全然気にしてません!

「どういう意味よ!!」
「奈菜ちゃん、落ち着いて……」
 わたしと飛木くんの間で、西野先輩が参ったという感じに交互に見て宥〔なだ〕めようと試みる。
 しかし、火のついた導火線は止まらない。
「そのまんまの意味。大体、本気で捕まえられると思ってるワケ?」
思ってるわよ! 悪いっ?
「いや――」
 小馬鹿にしたような笑いを浮かべて、チラリとわたしを見る。
 その目は、ひどく冷たい。
「身の程知らずだな、と思って」

( んな! )

「なによ! バカにしてっ。「トコロテン」の怪盗なんて わたし が簡単に捕まえてやるわよ!!」

 間に挟まれた西野先輩がとうとう空を仰いで、呻〔うめ〕いた。
 なんか最後、「勘弁してくれよ」とか何とか聞こえた気がしたけど、……先輩、どうしてそんなに絶望的に言うんですか。
 何か、困ることでもあるみたい。



 ――外は、嵐。

 ガタガタと窓を叩く強風に、近づいているという台風の影響が色濃く映っている。
 甘品高校の1年2組の教室の扉に立ちはだかった格好になりながら、わたしは追い詰めた「トコロテン」の怪盗に立ちすくむ。
 最初に会った時と同じ、澄んだ闇色の瞳。
( どうしようどうしようどうしよう )
 勢いでここまで追っかけてきたはいいものの、引き止める西野先輩も振りきって走ってきたから、援護はない。
 しかも、結局のところ肝心なことを決めていなかった。
 わたしは――。

 どうしたいのだろう? この怪盗を。

 風の入らないハズの教室で、怪盗の黒いマントが翻る。
「あ、待っ……」
 無造作に置かれた足元の椅子に再度足をとられて、わたしは派手に音を鳴らした。
 鳴らしただけなら良かったが、今回はそのまま足がもつれて前のめりになる。

「ひやっ!」

 目を固く閉じて――覚悟する。
「 ッ―――…… 」
 しかし、覚悟した激突の衝撃はこないまま何かに抱きとめられた温かな人肌の感触にドキリとする。
「………」

 まず目に入ったのは、雷光を背にした暗い肩。
 そして、不鮮明な暗闇に浮かぶ顎のライン。

 突如、ギュッと強く抱きしめられた。
(な、なんで――)
 息が詰まるような感覚と怪盗の少し荒い息遣いに、動けなくなる。
 彼はふかく息を吐きながら、さらに深くわたしを抱き寄せた。


 1‐1 へ。 <・・・ 1-2 ・・・> 1‐3 へ。

BACK