雷鳴が轟〔とどろ〕いて、嵐の夜の暗い教室を閃光が走り、人影を照らした。 身を引きながら、唇を噛む。 ガタガタとふるえる、ともすれば転びそうな膝に、思わず泣きそうになる。
(どうして、こんなことになっちゃったのよっ!) とか思いながら、本当はぜったい! アイツのせいだって思ってる。 アイツ……飛木遥のせいだ! 暗い影を渾身の思いで睨みつけ――たつもりで、必死に考える。
これまでのこと。 ガタン、と足に思いっきり椅子が当たって静かな教室に響いた。
*** ***
「何か、あったの? ナナちゃん」
そういうクラスメイトの美夜ちゃんに目を向けるわたしの目は、絶対に険しい。 だって、 「何か、って?」 「飛木くん」 ぽそり、と美夜ちゃんは口にしてふくむように流し目をしてくる。 「ぜったい、ナナちゃんに気があるよね〜?」 がたがたかたん、とお昼休みの教室で、けたたましい音を立ててわたしはどうしようかと思った。 よかった、お弁当は終わってて。 終わってなかったら、……いや、考えるのはやめておくけど。 「 はあっ? 」 思わず、友人であるハズの彼女を失礼なほど顔をしかめて見た。 でも、分かってほしい。 それくらい、彼女の言葉はありえない。 どこをどうしたら、そういう話になるの? 「美夜ちゃん、気持ち悪いこと言わないでよ。そんなワケないでしょ?」 「えーっ? でも、仲いいじゃない。ナナちゃんと飛木くん♪」 ごん。 突っ伏して、わたしは机に激突したおでこをさすりながら嘆いた。 「……み、や、ちゃーん」 「と、思って見てたんだけど。最近、変よね? ケンカでもした?」 「だから、仲よくないってばぁ……」 とか答えながら、わたしはドキリとする。 ケンカ――というか、わたしが彼を倦厭〔けんえん〕しているのは確かだから。 だって、西野先輩が――あんなこと言うんだもん。 あんなこと。 思い出すだけで、顔の熱が上がる。 「ナナちゃん?」 「いい! いいから〜。ケンカなんかしてないよっ」 むしろ、ケンカはいつものことだし! 「まあ、いいけど。そういうコトにしておいても」 だから、そういうコトも何もっ。 美夜ちゃんのくすり、と笑う顔にしかめっ面を返して、私は唸〔うな〕った。 「ナナちゃん、照れ屋だから飛木くんも苦労してるんだよねっ♪」 ついにわたしは椅子から転げ落ちた。 空恐ろしいモノでも見るように友人を眺めて、頭上で響いた人を小馬鹿にしたような聞きなれた声に固まる。 「何やってんの? 井元さん」 何でいんのさ?! 飛木遥! いや、隣の席なんだからいることの方が多いんだけど!! 「 あ♪ 」 嬉しそうな美夜ちゃんの声に、わたしは青くなるしかない。 (と、止めなきゃ……) そう切迫して思うのに、地べたに座り込んだまま口がぱくぱくと動くだけ。 「ちょうどよかった、飛木くん」 「え?」 訝〔いぶか〕しそうな彼の声。 「あのね、聞きたいことが……」 その時、救世主のように午後の授業開始のチャイムが鳴った。
*** ***
終業のチャイムが鳴ると同時に立ち上がって、わたしは(本当はとってもイヤだったけど!)隣の席の彼の手を取った。 相手は当然、ギョッとする。 しかし、そんなことに構っていることはできなかった。 美夜ちゃんがコイツに接触する前に、教室を出ないと困ったことになるのだ。 「あ? おい」 飛木くんはわたしに握られた手に戸惑い、何かを言おうとしたけど聞かなかった。 けど、あとのことを考えればここで聞いておけばよかったのだ……たぶん、その方が幾分か結果がよかったにちがいないから。 駆け出したわたしに引っ張られるままに「超常研」の部室までやってきた時、ようやく解放された彼の言葉にわたしは真っ赤になった。
「こんなところに連れてきて、おまえ何する気だよ? 明日、噂になるぞ」 「 ! 」 愕然とする。 よくよく考えれば、そうだ。 教室のみんなの前で手を繋いで帰るなんて噂にならない方がおかしい。 「ち、ちが……っ。ちがう!」 狼狽したわたしは、首をブンブンと振ると力いっぱい否定した。 「ちがうからね! わたしはただっ」 ぐるぐると思考が空回る。何をどう説明すればいいのか、分からない。 「ふーん、ちがうのか。メーワクな話だな」 冷ややかな彼の声にさらに、頭に血が上る。 「無視されたかと思えば、コレだし。誤解されて噂されるなんて、傍メーワクなんだよ」 「わ、わたしだって好きでメーワクかけてるワケじゃないってば! 美夜ちゃんが……ッ」 「 日暮さん? 」 「あ! ちがう。ちがうってば!!」 ぼわっ、とゆであがったタコのような自分が分かる。 コレには、彼も少し呆れたらしくしばらくして笑い出した。 なんで、そこで笑うのよ! 「何が、ちがうんだよ。言えば?」 と、いかにも楽しそうに訊く。 だーかーらー、言えないってば。 とは思うものの、だんだんと避けられない状況になっている。 飛木くんは、何かを察したような顔をしているし、面白がっているのが分かる。 ちょっと悪趣味じゃない? 「井元さん?」 あーもー! 分かったわよ。バカ!!
1‐0 へ。 <・・・ 1-1 ・・・> 1‐2 へ。
|