盗のお仕事。


〜甘品高校シリーズ1〜
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 南環城を中心に「怪盗」が出没するようになったのは、一年ほど前からだ。
 狙うのは、価値があるようなないような……石版の欠片〔かけら〕ばかりを数点。
 しかも、それらは用途不明の美術品として、考古学会では「Oパーツ」と呼ばれる代物。

 「トコロテン」の怪盗は、南環城署の「謎」だった。
 平和すぎる町では、唯一の「事件」らしい「事件」……しかし、そのささやかすぎる仕事には、あまりに危険が多い。
 そうまでして、彼らはなぜ盗むのか――?
 今はまだ、分からない。……ふかい深い闇の中。



  >>>怪盗のお仕事、1-0。「プロローグ」

 遠く、サイレンの音が響いた。
 所天町一丁目を井元奈菜〔いもと なな〕が、西野雅弘〔にしの まさひろ〕と徘徊していた。
 狭い小路には、暗い街灯が広い幅をとって点在していた。
 だんだんと日が短くなっていく今の時候ともなると、真っ暗になるのは早かった。外で待ち合わせて、「怪盗」の出没を待ったのはまだ明るい時分だったというのに、今はすでに闇。
 あるのは、ささやかな月明かりと手に持っている懐中電灯の明かりくらいだ。

「すみません、西野先輩」
 デニムのスカートにツートーンチェックのシャツ、それにふわりとした白いカーディガンを羽織った奈菜は言って、「超常研」の会長である飛木伶〔とびき れい〕の機転に感謝した。
 暗い夜道を歩くのは、さすがに怖い。
 おびえた瞳で、すまなさそうに頭を下げる後輩を長身の先輩が、カラカラと明るく笑って背を叩く。
 細身のジーパンに、淡いブルーのシャツが爽やかだった。
「奈菜ちゃん、そんなんじゃあ「怪盗」なんて研究できないよ? 言っただろ? 俺も「女体研究」させてもらうしって?」
 奈菜はどう反応すればいいのか困ったように笑って、首を傾けた。
「でも、先輩の「女体研究」って、飛木先輩なんでしょう?」
「まあね。でも、伶の謎を解明するには、イロイロ研究しないと」
「……そういうものですか?」
 釈然としない表情をして雅弘を見上げると、先輩はニヤニヤと奈菜を見下ろしていた。
「いいこと、教えてあげようか? 奈菜ちゃん」
「ナンですか?」
「ホラ、胸ないの気にしてただろ?」
 言うと、小柄な奈菜の身体がびくり、と震えて真っ赤になる。
「な! 何言い出すんですかっ!! 先輩っ!」
 とん、と奈菜の身体をコンクリートの壁に追いやると、耳元に唇を寄せる。
 雅弘は、類稀〔たぐいまれ〕な外見と美声の持ち主だ。
 それだけで、奈菜は抵抗ができなくなった。

「揉〔も〕んでもらえば大きくなるんだよ?」

「!」
 さらに真っ赤になって、奈菜は口をパクパクと動かした。しかし、言葉は出ない。
 じーっと、自分の胸を眺めている雅弘に思わず両手でツートーンチェックの胸を隠す。
「俺は伶のを大きくする使命があるから、奈菜ちゃんは遙くんにでも頼んだらいいよ」
 ボン、と音がするように耳まで赤くなると、奈菜が絶叫した。

「西野センパイっ! 何言うんですかっ何言うんですかっ何言うんですかぁっ! 飛木くんに なんで ! そんなこと頼まなきゃならないんですかっ?!」

 ぜぇはぁ、と奈菜は肩で息をしつつ、頬をふくらませた。
「誤解してます、先輩は!」
「そうかなあ……遙くんは喜んですると思うけど?」
「! それって、スケベなだけなんじゃぁっ?!」
 まるで、軽蔑するように口にすると、奈菜は嫌そうに顔をしかめた。
「いや、遙くんは――」
 言って、雅弘はふと近づいた人影に手を挙げた。
「よ、何してんの?」


   *** ***


「陣中見舞い」

 ぼそり、と言ったのは飛木遙〔とびき はるか〕だった。
 赤いTシャツにジージャンを羽織って、使い古したジーパンに両手を突っ込んでいる。
 奈菜は、それに気づくと雅弘の影に身を引いた。
 目だけは、遙を威嚇している。というか、緊張しているというか……。
「伶も?」
「西野だけじゃあ、不安なんだって……遙が」
 黒いワンピースを軽く着こなして、黒ぶちの眼鏡に下ろした長い黒髪の飛木伶は無表情に言った。
「それはいいから……姉貴」
 頬をわずかに赤くして言うと、むっと遙は奈菜を見た。
 見るからに疑わしげに自分をうかがう少女が、気になって仕方ない。

「センパイ」
「はぁん? 何? 遙くん」
「井元さん、変じゃない」
「………」

 どうしたもんかと雅弘は、顎〔あご〕をかく。
 強く吹いた風に――四人、それぞれの裾が音を立てて翻った。


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