告状。0-4。「じまりのとき」4


〜甘品高校シリーズ0〜
 0‐3 へ。 <・・・ 0-4 ・・・> 1‐0 へ。



「胸ペチャ」

 あの「超常研」入部一日目から、飛木遙〔とびき はるか〕はことあるごとにその単語を口にする。
 そりゃあ、自分でも分かってるけど、人から言われるのってまたちがう。なんか、じーっと自分の「ない」胸を見ては、ため息をついてしまう。
(やっぱり、そう見えるよねえ……)
 放課後、部室に向かう道すがらそんなことを考える自分が、ちょっと情けない。
 キライなヤツの言葉なんて、無視すれば楽なのに――。
「チビ」
 と、応戦してしまうから、相手も調子に乗るのだ。
 頭ではそう思っても、本人を目の前にするとダメ。なんか、口にしちゃう……アイツが、それを気にしてることも分かるのに。
 なんて、イヤな性格。可愛くないよ、こんなの。
 自己嫌悪に陥って、浮上できない。

(――別に、飛木くんに可愛いとか思ってもらいたいワケじゃないけどさ)

「こんにちはー」
 グラウンドを横断して連立する運動部の部室棟に辿り着くと、その一番端に「超常研」……正式名、超常現象研究会の部室がある。
 扉を開けると、西野雅弘〔にしの まさひろ〕先輩が雑誌を広げて、チョコロールを食べていた。
(カッコいい人っていうのは、得だなあ……)
 と。
 思わず、入り口で立ち止まって思う。
「や、奈菜ちゃん。そんなとこに立ってないで、座れば? 伶は、「考古研」顔出してから来るってさ」
「そうですか……」
 キョロキョロと、部室内を見渡してわたしは首を傾げた。
 あれ?
 確か、わたしよりも先にクラスから出たハズなのに――。
「遙くんは、助っ人でサッカー部に出てるよ」
「 ! 」
 見透かしたように西野先輩は、笑った。
(いやん、笑ったらさらにステキですっ)
 とか、悠長に思ってる場合じゃないってば! わたしっ。
「ちがっ! 西野先輩、誤解ですっ。わたしはただ!」
 パイプ製の簡易机に駆け寄ろうとして、思いっきり蹴躓〔けつまづ〕く。なんで、こんなところにアイツの鞄がっ?!

「きゃっ!」
「うわっ?! あぶな……って!」

 机の角に突っ込みそうだったわたしの手を、咄嗟〔とっさ〕に引いた西野先輩は逆方向へ体勢を崩した。
 一緒に、わたしもそっちへと転がる。
「ご、ごめんなさい。先輩……」
 バサバサ、と落ちてきた雑誌の類やら教科書やらに埋もれて、謝る。
 ちょっと、埃〔ほこり〕っぽい空気にケホケホと咳〔せき〕をする。なんか、涙まで出るし。
「いやいや、遙くんならもう少し、うまく助けられたんだろうけどねー。こっちこそ、ごめん」
 下敷きになった西野先輩はそう言って、上体を持ち上げた。
「ははー、奈菜ちゃん。涙目になってるよ? 色っぽい」
 埃を払うようにわたしの髪に触れて、「役得役得」と服とかスカートとかまで払ってくれる。

 スカート……?

 ハッ! となって、わたしはスカートのポケットに手を入れた。
(あ、大丈夫みたい……割れてないや)
 石の無事を確認して、ホッとする。
「奈菜ちゃん?」
 不思議そうにわたしの顔を覗き込む、西野先輩。それくらい、わたしの顔には安堵が出ていたのかもしれない。
 でも、先輩。
 ちょっと、近すぎですっ!
「先輩、お世辞はいいですからっ! わたし、色っぽくなんてないし、胸だってないし!」
 ああ〜、根にもってるのね。わたし。
 自分の言葉に少なからず、落ち込んで飛び離れた……がこん、と頭に何かがぶつかる。
「痛ッ!」
 後頭部に受けた衝撃に、わたしの面前に星が散って、またしても涙が浮かぶ。
(なんで、こんなところにバットが……って、またアイツ!)
「だ、大丈夫? 奈菜ちゃん」
 西野先輩も、笑いそうになってるし!
 後頭部を抱えながら、恨めしくバットを睨む。
(危ないじゃないさっ! 絶対、文句言ってやる!!)
「だ、だいじょぶです……」
「にしても、誰が言ったの?」
「へ?」
「胸ない、とか」
 自分が真っ赤になるのが分かった。
 先輩、そういうトコロに注目しないでください。
 ぱくぱく、と口を動かすだけで声が出ないわたしの胸をじーっと見たまま、西野先輩はニヤリ、と笑った。
 でも、全然やらしくないっていうのがすごいです。むしろ、爽やかかも……。
「遙くん、だろ?」

「俺が、何?」

 体操服姿の飛木くんは、なんだか不機嫌そうに扉の前に立っていた。
 なんで、そんな睨んでくるのよ。怒ってるのは、こっちだってばっ!
 ――なんて。口には、出せなかったけど。
 だって、どうやって説明するの?
 無理です。恥ずかしくって、わたしにはできません。


   *** ***


 ぽぅっとなった井元と楽しそうに笑っている雅弘に少なからず、俺はムカついた。
 しかもだ。
 俺がいることに気づくと、彼女は睨んできた。
 邪魔するな、とばかりに――。
 確かに、雅弘はカッコいいし、長身だけど……報われないぞ、と言いたくなる。言わないけど。
 趣味だって変だし、性格もなんか変だ。
 学年主席の姉貴にも、「理解不能」とか言われてるし。
「――で、奈菜ちゃんを助けたはいいけどひっくり返って、しかも奈菜ちゃん、そこのおまえのバットに後頭部ぶつけたんだぜ……謝っとけよ、遙くん」
「に、西野先輩! 言わなくていいからっ」
 真っ赤になって彼女は、雅弘の口を封じようとする。
 言われてみれば、二人とも服が白っぽかった。これは、二人して転がったせいなのだ。
「ふーん」
 理由が分かっても、俺の気分は釈然としなかった。
 だったら、なんですぐにそう言わなかったんだ? 彼女なら真っ先に俺を責めるはずだ。
(何かを、隠してる――)
 そう思うと、無性に腹立たしかった。

「え?」
 と。
 井元奈菜の提示した研究材料に、俺含む「超常研」のメンバーは固まった。
 前の研究会で、「超常研」の活動について、「解明されていない謎」をそれぞれに研究するコトだと説明すると彼女は困ったように「考えてきます」と頷いた。
 そして、今日――その、彼女の研究材料にどう反応すればいいか。
 机の上に置かれた新聞には、小さくこう書かれている。

『――「トコロテン」の怪盗、現る』

 地方欄に小さく載るような、ちょっとしたドロボーの話。
「………」
 そうきたか……と、俺は思った。
「ダメ、ですか?」
 彼女の不安そうな顔に、姉貴は無表情に首を傾げると静かに答えた。
「そんなこと、ないわよ。でも、そうね……西野」
「はいよ」
 姉貴のご指名に、雅弘は手を挙げた。
「怪盗の研究となると、夜になっちゃうから女の子だけじゃ危ないでしょ? 補助してあげて」
「了解」
「西野先輩、すみません」
 小柄な肩をさらに縮こませて、彼女は雅弘に頭を下げると嬉しそうに(少なくとも、俺にはそう見えた)、笑った。
「なになに、俺も「女体研究」させてもらうから、ね」
「はあ?」
「胸ないの、あんまり気にすることないってコト」
 にやり、と口の端を上げる雅弘に、うかーっと彼女は赤くなる。そして、真っ赤に熟〔う〕れて、俺の顔を慌てて見た。
「聞いた?」
「あ? 何を?」
 本当は聞こえたが、ムカついたので聞こえないフリをする。
 見るからに、彼女はホッとして息をついた。ま、いいけど。

 ぶすったれてマンガ雑誌に没頭していた俺に、雅弘が顔を寄せて声をひそめた。
 ちらり、と井元の方を見ると、彼女は姉貴と何かを話している。
 そうして、俺の目は雅弘の言葉に彼女の横顔から一点へと移る。

『例のアレは、彼女のスカートのポケットの中。――了解?』


 0‐3 へ。 <・・・ 0-4 ・・・> 1‐0 へ。

BACK