告状。0-3。「じまりのとき」3


〜甘品高校シリーズ0〜
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 むっかー、ときて思わず口走った言葉に、わたしは後悔していた。
 だって、それってキライなアイツにクラス以外でも会わないといけないということだ。必然的に――。
 てくてく、と先を歩く同じくらいの背丈のあいつ……飛木遥〔とびき はるか〕に2メートルほど離れて着いていく、この気持ちはなんだかいたたまれなかった。

『部室の場所は、遙に聞いてちょうだい。大丈夫、案外イイ子だから』

「………」
 アイツの姉である、飛木伶〔とびき れい〕先輩は無表情にやんわりとフォローした。なんかよく知っているワケでもないのに、似合わないと思ってしまった。
 その言動が。
 そりゃあ、自分の弟が敵意むきだしにされるのは、「姉」として見過ごせないことのような気がする。わたしは、一人っ子だから分からないけれど……。
(そういや、コイツ……お姉さんと二人暮しだとか聞いたけど――)
 だったら、なおさらお姉さんも保護者意識が強くなってしまうのかもしれないなあ……。
 どう考えても、コイツが「イイ子」って形容されるのは納得いかないけど。
「井元さん」
 彼は立ち止まると、そこには運動部と連立してなぜか、「超常現象研究会」の名前が掲〔かか〕げられている。
 なるほど、だから「超常研〔チョウジョウケン〕」か。
 漢字をみると、ほどなく理解できた。
 しかし、すぐに別の疑問が浮上する。

「ねえ」
 部室の扉に手を掛けようとしていたアイツは、驚いたようにこっちを見た。
 なによ? そんなにビックリするようなことだろうか。
 単に、聞きたいことがあるだけだ。
「何? 井元さん」
「いい。飛木先輩に訊くから」
 ぷい、と横を向いてしまう。
 なんで、わたしってコイツにこんなに攻撃的になるんだろう……最初の印象ってホント、大事よね。覚えとこ。
「姉貴に?」
 なんか、彼もちょっとムッとした顔をする。
「うん。だから、気にしないでいいよ」
「ああ、そう」
 顔を見てないから、アイツがどんな顔をしてソレを言ったのかは分からない。分からないけど、すっごく声は冷たかった……気がする。
 なんで、コイツってこう……。
 突き放された感じがして、イヤだ。
 きっ、と目を上げたら、彼はまるで子どもを見るようにわたしを見ていた。
 呆れてるっていうか……そして、肩をすくめて笑う。
 むかつく!

「なによ、飛木くん。そんなに、わたしっておかしい?」
「は? いや、別に」
 たぶん、彼はわたしが声を荒げるとは思わなかったにちがいない。目を見開いて、困ったように首を振る。
 わたしだって、こんなに腹が立つとは思わなかった。
 ただ、こいつが笑っただけなのに――。
 わたしが、「超常研」に入ると言った時もそうだった。笑われて、……よく分からないけど、胸の奥が痛くなった。
 泣きたい気がした。
 なんで? って思うけど、そんな気がするんだから仕方ない。気持ちなんて、そんなモノだ。
 自分では、制御ができない。
 そして、そんな気持ちがまたコイツをキライにする。

(バカバカバカバカ、アンタなんて、 大っキライ! )


   *** ***


「じゃあ、なんで笑うの?」
 まさに、その時の俺は「ヘビに睨まれたカエル」だった。
 井元は、俺を睨んだまま冴え冴えと輝く瞳から涙をこぼした。
(え? 涙?)
 その思いもよらない産物に、しばらく思考は停止。
 唯一の救いは、今が放課後の遅い時間でこの体育会系の部室近辺はすでに人気がなかったことだ。
 これで、十分くらい時間が早ければ、怒涛の人口密度でむさくるしく且〔か〕つ小うるさいギャラリーに囃〔はや〕したてられたことだろう。――まあ、だから時間をずらしたワケだけど。
 って、こんなこと考えている場合じゃない。
 なんで、泣くんだ?! オイ!
 これじゃ、俺が泣かしたみたいじゃねーかっ!

「なんだよ、泣くか? フツウ」
 彼女は、涙を拭うと真っ赤になって反論した。
「わたしだって、分かんないよ。勝手に出るんだもん…… バカ 、見ないでよ! あっちを向いてっ」
 ぴっ、と指を俺の後方へさすと、それを待たずに背中を向ける。
 こうなると、俺も引くに引けなくなる。
 「バカ」扱いはないだろ? いくらなんでも。
 しかも、冤罪〔えんざい〕っぽいじゃねーか。くそっ!
「バカ、って何だよ。バカって……笑っただけで、そこまで言われる筋合いはないぞ」
 腕を組んで、彼女の背中にすごんでみた。
 びくり、とその背中が震える。
「……ああ、そう。バカがイヤなら、 チビ とかがいいの?」
「 ! 」
 うわっ、ソレ言いますか!
 カチン、ときて俺は彼女の肩をつかんだ。
 力任せにこちらに向けると、涙の乾いていない彼女の頬が一気に赤くなる。
 そりゃ、こんだけ接近遭遇すれば赤くもなる。っていうか、俺も予想外だったんだけど!
 そうか、身長差がないとこういうことになるんだなあ……ひとつ、勉強になった。
 とは言え、まさかこっちも赤くなるワケにいかない。男の沽券〔こけん〕に関わるしな。
 冷静にいかないと……。
「チビとか言うか? 胸ないクセに」
 ――って、コレ、冷静か?

 彼女は先刻〔さっき〕とは別の意味で真っ赤になると、手に持っていた甘品〔あましな〕高校規定の皮製鞄で胸を隠す。
 飛び退〔すさ〕ると、さらに俺を睨む。
 なんか、先刻から睨まれてばかりだな、俺。
スケベ!  どこ、見てんのよっ。 デレカシー ってものはないの?!  デレカシー ってものは!」
「デレカシー、だって? 人のこと「バカ」だの「チビ」だの言う女に言われたくないね」
 あ、なんか俺、すっごい意地悪いかも。
 この笑い方は……まずい。
「あっれー? 部室入んないの?」
 お気楽な美声とともに、雅弘がグラウンドを横切ってきた。手には中身がなさそうな薄い鞄。
 背中にやったそれを、持ち上げて振る。
 と、俺と睨みあっている彼女を見比べて、ニヤニヤと笑った。
 あー、嫌な予感がする。
「もしかして、取り込み中だった?」

「ちがうっ!」
「ちがいますっ!」

「どしたの? 仲いいじゃん」

「どこが?!」
「仲良くなんて、ありませんっ!」

 同時に言って、顔を見合わせ井元は口をキリキリと動かして何かを言おうとした。結局、プイッと横を向いたけど。
 俺は、なんだか妙に浮かれた。
 嫌われているのに変わりはないのだが……まずいことに、彼女の怒った横顔は嫌いじゃない。
(こういう意地悪な考え方って、嫌われるんだろうけど――)
 すでに、嫌われているからなあ、抑制きかないかも。

「胸ペチャ」

 ぼそり、と呟く。
 雅弘には聞こえなかったと思うが、彼女にはしっかりと届いた。
 胸をさらに隠して、睨む。
「チビ」
 べー、と舌を雅弘からは見えないように見せる彼女。
 ああ、悪くないなあ、こういうの。……しかし、「チビ」って言うな。「チビ」って!


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