告状。0-2。「じまりのとき」2


〜甘品高校シリーズ0〜
 0‐1 へ。 <・・・ 0-2 ・・・> 0‐3 へ。



( 飛木遥〔とびき はるか〕は キライ だ )

 イライラとしながら、そう思うのには 理由〔ワケ〕 がある。
 体育の時間が終わって、体操服から制服に着替えていると聞こえてくるのは、いつも「 アイツ 」の話題なのだ。そりゃあ、話したくもなるかもしれない。だって……。

「――やっぱり、飛木くんがダントツよねえ」
 そんなうっとりと、言わなくても。
「ホント、カッコいいわ〜。今日のアレ見た?」
 はあ? カッコいい? ただのチビじゃない。まあ、アレはすごいとは思うけど。
「あー! ダンクでしょ?! もうっ、ほかの男子のプレーなんか霞〔かす〕んじゃうって。ていうか、飛木くんが可哀想よ、アレじゃ」
 可哀想って、アナタ……それじゃあ、ほかの男子が可哀想よ。
「そうねえ、……だけど、彼、「超常研」でしょ? 運動部から当然、勧誘あるハズなのに」
 「チョウジョウケン」?
「ホラ、彼。お姉さんと二人暮らしじゃない? だから、じゃないの」
 ……って、え?
「ナニ、それ? 理由になってるの?」
 ナンデスカ、ソレハ?
 わたしは、ハジメテ聞きましたよ。何? アイツってそうなの?
「聞かないでよ〜、でも、それしか理由がないじゃない。あんなに運動神経がいいのに」
 と、アイツの噂で盛り上がっていたグループは着替えを終えて、更衣室を出て行ってしまった。

「………」

「ナナちゃん、ナナちゃん」
 隣で着替えをしていた右隣の席の日暮美夜〔ひぐれ みや〕が、顔を覗きこんでくる。
 白いタンクトップからは彼女の豊満な胸の谷間とピンクの可愛いレースが見える。身体は小柄で華奢なのに、この豊かなプロポーションは羨〔うらや〕ましい。
 何しろ、わたしは特徴のなさすぎる体型をしているからなあ……。コレじゃ、小学六年生の女の子の方がまだ、色っぽいってくらいの幼児体型という――。
 はーっと、ため息をつくと、
「なに? トイレ我慢するのは、よくないよ?」
 がくっ、と思わずコケかけたわたしは、勢いよく美夜ちゃんを睨んだ。
「なんで、そうなるのよっ?!」
「あれ? だって、さっきから落ち着かないから。それで、ため息でしょ? トイレかと思ったんだけど……」
「うっ!」
 落ち着かないのは、確かだ。
 だって、なんか気になる。

「あの、さ……」

「ん?」
 着替えを終えて、1年2組のクラスへと戻る間にわたしは訊いてみようかと口を開いた。
 でも、なんか言えない。
 アイツのことで、勘ぐられるのは屈辱な気がする――大体、わたしはアイツがキライなのだ。
 ふるふる、と首をふって、
「ごめん、なんでもない……あれ?」
 クラスの前で、アイツが上級生らしい……女生徒と話している。その近くには、なんだか格好いいお兄さんもいて……って、ホント格好いいわ。鼻筋が通ってて、髪の毛はサラサラだし背も高い。ただヒョロって高いんじゃなくて、すっごくバランスがいいの。
 アイツは、なんだか困ったように女生徒さんと話してて。
 彼女の顔は見えないけど、三つ編みにした髪が綺麗だった。なんか、悔しい。
 あ、とアイツはこっちを見た。
 なによ、と思う。
 なんか、第一印象が悪くて、わたしはアイツを見る時、たいていこんな顔をしてしまう。まあ、いいんだけど。

 くるっと、ふり返った女生徒は黒ぶちのメガネをかけていた。無表情だけど、十分に可愛い顔をした彼女は、見るからに頭がよさそうだった。
 どことなく、誰かに似ている気もするけど――誰だっけ?
「あ、飛木先輩だ。めずらしいなあ」
 隣の美夜ちゃんが呟いた。
 飛木?
 ああ、そっか。アイツの顔に似てるんだ。アイツってどっちかというと、女顔だもんね。ナヨナヨしてるってワケじゃないけど。
 ……ん?
 と、いうことは――。
 考えがまとまるよりも早く、あの格好のいいお兄さんが近づいてきた。
「井元奈菜ちゃん?」
 あ、声もいいのね。
 思わず、わたしはうっとりとその声に聞き惚れた。


   *** ***


 井元奈菜と目が合って、俺は困った。
 マズイ時にやってきたものだ……と、思ったそばから、雅弘が彼女に声をかけてるし。
 しかも、井元は聞き惚れてやがる。確かに、長年付き合っているといい加減聞きなれるが、ヤツの声は美声だ。顔も良ければ、声もいいなんて馬鹿げていると思うが、趣味が変なのでそれで神様は帳尻を合わせた気でいるのかもしれない。
 とは言え、彼女が雅弘に惚れるのは可哀想だ。
 ヤツ、は本当に変だから――。
「はあ?」
 雅弘の申し出に、井元は妙な顔をした。
 そりゃ、そうだ。イキナリ、「「超常研」に入りませんか?」なんて言われても、困るだろ? フツウ。
「あの、なんで わたし なんですか?」
 どきり、とする。
 ほやん、とした印象とは違って、鋭いところを突いてくるじゃないか。

「――姉貴、やっぱり危険だって。彼女、結構鋭いし……「超常研」に入れるなんて」
 姉貴は無表情のまま、その俺の言葉を聞く。そして、冷たく返してきた。
「馬鹿ね。遥が初っ端〔しょっぱな〕から嫌われたりしなければ、こんなことしなかったのよ」
 うっ! 痛いトコロを……。
「し、仕方ねーだろ? んなコト言われたって……」
「そうね」
 って、オイ!
 何に、納得してんだ?! 姉貴!
 ふっ、と浮かんだ姉貴のめずらしい微笑に俺は寒くなった。
 目敏くそれを見つけた雅弘は、姉貴に走りよって抱きつく。いつもながら、コミュニケーションが激しい。
 俺は少し、離れた。
 恥ずかしすぎる……この状況は。
「伶、今、笑わなかった?」
「笑ってないわよ」
 姉貴は当然のように静かな声で返すと、後ろから羽交い絞めにして制服の上から胸をまさぐってくる雅弘に不思議な顔をする。
「いつも思うんだけど、西野のコレはなんなの?」
「感じない? 伶」
 公衆の面前で、感じるも何も。
 姉貴の髪に頬を埋めて聞く雅弘に、姉貴は無感動に一言。

「――理解不能」

 ま、当然だな。
 姉貴の場合、公衆の面前以前の問題かもしれないが――。
 そんな二人に近づく「チャレンジャー」はいないと思っていたが、彼女は案外「チャレンジャー」だった。
「あの……」
 井元は、控えめな声で姉貴たちに言った。まあ、あくまで俺は無視ってコトらしい。
 雅弘が、しくしくと鬱陶〔うっとう〕しく泣くので代わりに、姉貴が「ムヒョージョー」で威嚇……じゃなかった、答えた。
「ごめんなさいね。で、どうかしら?」
「えっと……その、よく分からないし――」
 彼女は、俺を見るとイヤそうな顔をする。どうやら、俺がネックらしいが、どうしたものか。
「姉貴」
「遥」
 静かな眼差しが、俺を牽制〔けんせい〕したが言うしかない。

「井元さんは入らないって言ってるんだから、もういいだろ?」
「そうはいかないわ、遥が イヤ だって言ってもわたしは諦めない」
「強情だなあ、姉貴は――」

 みるからに、彼女はムッとした表情をした。
 特に、姉貴が言った台詞あたりから――そして、乗った。
 俺の思惑に……。
「入ります、わたし」
 井元奈菜は俺をキッと見ると、続けて言う。
「飛木くんが何て言ったって、入るから!」
 ………。
 俺は、笑った。
 なんかさ、笑うしかないだろ? コレは。

( さらに嫌われたってヤツだし。 俺限定 で )


 0‐1 へ。 <・・・ 0-2 ・・・> 0‐3 へ。

BACK