鐘 「背徳の姫君」の場合-4


〜NAO's blog〜
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 焚き火のそばでたむろっていた彼らは、ついと狛犬の影に立っている志穂に目線をやって広之をまじまじと眺めた。
 別に隠している関係ではないので、近所に住む人間ならすでに知っていてもおかしくない。



〜 除夜の鐘4 〜


「あれって、山辺?」
「じゃあ、あの話はガセじゃないんだ……へぇ」
「意外……いや、そうでもないか」

 口々に言って、彼らは納得する。ニヤニヤとするその 顔 が気持ち悪いが、悪意からくる類のものではない。
 どちらかと言うと、「悪ふざけ」の方だろうか。
「どういう意味だよ」
 広之が胡乱げに問えば、彼らは顔を見合わせる。
「だってなー、中学の時から山辺がおまえに気があるのは、結構見てても分かったし」
「そうそう。彼女ってちょっと男を避けるところがあっただろ? 鳴海にはそれが、あんまりなかったし……まあ、おまえが世話好きのフェミニストだったってのもあるかもしれんが」
「あの山辺が懐いてるって、あんまりないよな。男でも、女でも」
 確かに、志穂のそういうところは否めなかった。
 高校に入って、少しは社交性を身につけた彼女だが……中学時代はさらにひどく……女友達でさえ、数える程度。世間話はするけれど、志穂が心から気を許した相手を広之は見たことがない。
 そういう意味では、澤嶺祥子〔さわみね しょうこ〕は貴重な存在なのだろう。
(小学校で 何か あったのかと、考えたこともあったけれど)
「――山辺の方は意外じゃないとして、おまえの方は 意外 だな」
「そりゃあ、彼女のこと嫌ってはいないと思ってたけど……家が隣で世話をしているうちにほだされたって感じか?」
「まあ、山辺が告白してくれば、無下にするのもナンだよな。でも、同情はどうかと思うぜ」
「……同情?」
 うんうん、と頷きあう旧友に、広之は眉をひそめた。
「別れる時、修羅場を見るぜ? ああいう大人しいタイプが一番、大変なんだ」
 なにやら、経験があるような口振りで一人が言ったものだから、周囲はそれに対して食いついていた。

「………」

 別れる、そんなことを考えたことはない。
 どちらかと言うと、志穂が広之と付き合うことにしりごみをする場面の方が多いというのに……縁起でもない。

(同情なんかで、俺は志穂と付き合っているワケではないんだ――)
 しかし。
 それを 誤解している彼ら に、わざわざ説明するのも馬鹿らしい。
「ごめん。悪いけど、もう行く」
 広之は、いまだ一人の旧友の過去の話で盛り上がる彼らに手を上げて、その場を離れた。
 狛犬のところで待っているだろう、彼女を探して(先に帰ってたら、覚えてろよ)と物騒なことを考える。
 回りこんで見つけた彼女は、ある男につかまって途方に暮れていた。



「ち、違います。待ってるのは 友達 じゃありませんからっ」
「またまたぁ、女友達と来てるんでしょ? 友達は可愛い? キミ、地味だよね」
「なっ! ナンパさんなのにっ、そ……そんなことだから、上手くいかないんですよっ!!」
 涙目になって反撃する志穂に、相手のナンパ男もそれなりに傷ついて応戦した。
「ぐっ! 痛いところを……この際、地味でもいい、女の子なら。ってコトで、キミでいいから付き合ってよ」
「 ! 」
 手首をぐっ、と掴まれて志穂は「やだやだ」と首を振った。
「か、彼を待ってるんですっ」
「うそうそ。見栄張ってもダメだしー」
「ち、ちがうもん! ホントーだもんっ!! バカバカ」
 ポカポカ、と男を拳で叩くが、その効果のほどは芳しくない。というか、自分で口走っている「そりゃ、わたしには似合わない人だけど」とか「お情けかもしれないし」とか「鳴海くんは優しいから」とかの言葉に、人知れず彼女自身がダメージを受けている。

(……なに、やってるんだか)

「 志穂 」
 呼べば、呆然となった彼女がふり返る。
「な、るみくん」
「帰るよ」
 言って、彼女の手を掴む男の手をはがして、その頼りない手を引いた。
 ポカン、となったナンパ男を放って境内を抜け、「あの、でも」と後方を気にする志穂を広之は、まずどんな言葉で口説こうかと考え……なんで、今更そんな 告白 めいたことを わざわざ しなければならないのか、と年明けたばかりの暗闇を仰いで、(やれやれ)と息をついた。


*** ***


「 二回目 」

「え?」
 年明けの神社のささやかな賑わいが後方へと遠のくと、辺りは真夜中の静けさに沈んだ。
 数えるほどにしかない淡いオレンジ色をした街灯と、歩道の横を通り抜ける車道。そこを走る車の数は、普段よりも幾分か多いのかもしれないけれど……時折、横切る程度。おそらくは今晩、不眠不休で稼動するのだろう電車の走る音が聞こえ、真っ暗な景色の中を明るい光を棚引かせていく。
 山の陰と空の色は、こうして見ると全然違うものなのだとぼんやりと思う。
 ――二回目。
 いきなり、手を引いていた広之が口にしたその言葉……と言うよりも「単語」に近い……に、志穂はほとんど反応ができなかった。
 理解できない。とても、簡単な言葉なのに、その中にある意味は とても 奥深い気がした。
「……あの」
 けれど、前を行く広之は志穂をふり返ることもなく、立ち止まることもしないで歩いていく。
 だから、ついていくしかなかった。
 繋いだ手が、外れてしまわないように――。
「二回目、いつがいい?」
 そうして、ようやく彼が紡いだ言葉の続きに志穂は困惑する。
(いつ……って、なんの話? 二回目って一体……)
 よくよく考えても思い至らない。どうして、そういう話になっているのかも……わからなかった。

「俺、志穂のこと 好きだ って言ったよね。体にも教えたのに……覚えてないわけ?」

「 ! 」
 ビックリして志穂は繋いだ手を引っ込めようとしたけれど、彼にシッカリと捕まえられていて自由にならない。
 頬が熱くなる。
 広之が何を意図して言っているのか、いま、ハッキリと自覚した。
「なんで、逃げるの? 俺に抱かれるのイヤ?」
 びくり、とその淡々とした声に腕への力が萎えた。
 (ちがう)と、首を振る。

「いや、じゃない」
「じゃあ、いつがいい」
「そ、れは……」

「 言っとくけど、俺、お情けで付き合うほど優しくないよ 」

 広之がやっぱり前を向いたまま言ったから、志穂は一生懸命彼を追いかけて、繋いだ手を握り返す。


 「今がいい」――そう、伝えたくて。


 >>>つづきます。


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