12月31日、午後11時30分よりもちょっと前。
山辺志穂〔やまべ しほ〕は自宅の玄関に掛けられた姿見の鏡に向かって最後の確認をする。
もちろん、どんなにおしゃれをしても素材が素材だ。目を奪うような仕上がりにはならないけれど、それでも 彼 とのはじめての初詣なのだから……少しでも、つりあうように努力したいと思うのは当然の乙女心というもの。
「……だ、大丈夫だよね」
くるり、と回ってスカートがヒラリと舞った。
手持ちの服では一番、可愛い花柄のスカートは短めでちょっと薄い。もともと秋モノだから仕方ないのだが、やはりスースーとする。
寒さをしのぐために色物のタイツを履きこんではいるものの、厚手のコートの手持ちがなくジャンバーしかないから足元は無防備だ。ブーツなんて持ってもいないから、運動靴だし……寒いけれど、我慢するしかないと外に出る。
ビュッ、と強い風か頬を叩いて、ツンとした痛みを覚える。
「ご、ごめんなさい」
すでに外に出てすぐ、門のところで待っていた彼……隣の家の幼馴染である鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕はふり返ると、唇を動かした。
〜 除夜の鐘2 〜
「ばっか……じゃねぇの。おまえ」
「えっ?」
「見てるコッチが寒い。……おばさん!」
そう言って、志穂が理解するよりも先に彼女の家の扉を開いて、大きな声で呼んだ。
「まああ、広之くん。今日は志穂と初詣に行ってくれるんですって? 世話をかけちゃうけど、来年もよろしくねって……あら? まさか、その世話のかけ締め?」
「その、まさかです。ええっと、帽子とマフラーと手袋、それにジーパンかズボンに着替えさせてやってください」
志穂の腕を引っ張って、母親の前に突き出すと広之はやれやれと息をついた。
「俺、待ってますから」
「で、でも……」
「志穂、広之くんの言う通りよ。そんな格好で行ったら神社に着く前に体が冷えきっちゃうわ……こっちに来なさい」
「……はい」
「馬鹿な娘〔こ〕ねえ」と母親にまで言われてしまった志穂は、しゅん、となって靴を脱ぐと、玄関を上がりトボトボと着替えに戻るしかなかった。
ジーパンにジャンバー、帽子とマフラーと手袋についでに腰には貼るカイロをつけた志穂は広之のナナメ後ろをトボトボとついて歩いた。
広之の機転のおかげか、確かに体はポカポカとあたたかいけれど……心は現在、大寒波。
真っ白な雪が吹き荒れる、視界不良の真っ只中だ。
(ど、どうしてわたしって、こう……なのかなあ?)
ただ、広之に喜んでもらいたいだけなのに迷惑ばかり、世話ばかりかけてしまう。
「な、鳴海くん……あの」
「――謝るつもりなら、いらない」
キッパリ、と先に言われてしまって、志穂は押し黙った。
「あのさ」と広之が息をつくと、白く空気が染まった。
「志穂、そっちの手袋外して」
「うん? こう?」
首をかしげて外すと、ひんやりとした外気に手が触れ……ぐいっ、と掴まれた。
そのまま、広之のポッケの中へと突っ込まれているのだと気づくのに、しばらくの間が空く。
頬が、熱くて。
「今年ももうすぐ、終わりだな」
「うん……」
感情を殺したような静かな呟きに頷いて、志穂は遠く除夜の鐘が響くのを聞いた。
*** ***
機械的な電話の音がなって、けばけばしい色のベッドのシーツの上を女の白い手が泳いだ。
長い黒髪が四方に川を描いて垂れ、ガラス玉を思わせる眼差しは貞淑の中に淫靡な炎を宿らせる。
やらしく飢えた吐息。
それに。
床に落ちた脱ぎ散らかした衣服と、乱交のあと。
ベッドの縁を転がり落ちた彼女のバッグの中から その 呼び出し音は洩れているらしい……と真鍋耀〔まなべ よう〕は合点する。
器用に携帯電話だけを拾い上げた彼女は、「はい」とまるで 何事もないように 電話に出た。
その下半身は、淫らに男を受け入れているとは 到底 思えない清楚な声。
年末の彼氏からの誘いを蹴って、その友人である自分とラブホテルにいても 彼女には 少しの罪悪感もないのだ。
(俺も、人のことは言えないが……)
しかし。
(よくやるな)と、想像に難くない相手との電話を耳にあて、汗にしめった彼女の長い髪が纏わりついてくるのに耀は嫌な顔をする。
相手が、友人と付き合っている女でも。
ことの最中に、その友人と彼女がしゃべろうと本当のトコロ どうでもいい 。
ただ、絡みつく彼女の体の熱と執拗な誘惑には……時々、辟易とする。
萎える、ほどではないのだが――。
( それが、問題だな )
と、つくづく耀は思った。
汐宮清乃〔しおみや きよの〕の演じる声が彼の耳元で、「あら? 名越くん……除夜の鐘聞こえてる?」とくすくすと笑って、電話の向こうで家族と年越しを過ごしている正真正銘の彼氏である名越真希〔なこし まき〕相手に年末型どおりの挨拶を交わすのを聞いて……少しの動揺も覚えなかった。
腰を動かせば、背中に爪が食い込んで、清乃が上擦る声を耐える。
しばらくの沈黙のあと、年明けしたらしい向こう側と年始の挨拶を返した彼女は、「おやすみなさい」というありきたりの言葉とともに電話を切る。と、携帯電話をベッドの下に投げ落として耀にしがみついてきた。
「あっ!」
声を我慢していただけ、彼女の反応は尋常ではなかった。
自分が隠れて ナニ をしているか、相手に悟られるかもしれない……という 通常では 得られない興奮。
たとえ 清乃が 普通ではない 女 にしろ、なんだかの影響を身体にもたらしていたのだろう。
「 真鍋さん、もっと突いてきてくれたら よかった のに 」
あたかも、真希に この関係 がバレることすら楽しむような清乃の言葉は、笑いを含んで耀を煽る。事実、彼女はいつバレても構わないと 本当に 思っているのだろうし、耀がそれに対して 人間らしい 感覚がないことも知っている。
耀の胸に額をあてた清乃が「冗談よ」とまるで宥〔なだ〕めるように言ったから、耀は心中で(どうだか)と毒づいた。
>>>つづきます。
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