だまり Lover clap0-8


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 公園の展望台からは、学校のある方角が一望できる。
 唯子の手の中で、アイスクリームは溶けていた。

 そうか。先輩はとっても鈍いんだ。

「帰ろうか」
 と差し出す手を眺めて、唯子は愕然と思った。
 あまりに衝撃的なその 事実 に、ふるふると首を振る。
「帰りたくない」
「唯子……」
 困ったような純也に、「純也先輩は勘違いしています!」と唯子は泣きそうになる。



〜 08.これが最後の選択肢 〜


「わたしが、好きなのは……ッ」

( 先輩! )
 なんだもん、と言いたくて言えなかった。
 唇を塞がれて、触れるだけかと思われた彼の唇は唯子の口の中までも侵食する。
 息を貪られるはじめての感覚。
 胸が苦しいような、心が切ないような……体がまだ、全然、足りないような?
「は。……せん、ぱ……」
 目が潤んで、唯子は唇が離れるとハァと熱い吐息をはいた。
「聞きたくないんだ、本当は」
 純也の呟きに、顔を上げて「ごめん」と謝る背中を見送った。
 先輩の腕という支えを失った唯子の体はヘナヘナと地面に落ち、立つこともできなかった。

 先輩は鈍い。
 そして、とっても……キスが上手い、と思う。


*** ***


 次の日、いつもの第二美術室に入ったら暗いままだった。
 人の気配はあって、奥の準備室からごそごそと人影が覗く。

「 ……先輩? 」

「唯子ちゃん」
 人影は久方ぶりに顔を合わせる、純也の友人でクラブ仲間の金原柚月〔かねはら ゆづき〕だった。
 野ざらしに長く伸びた髪の中、驚いたように目を瞠る。
 彼は大きな包みを手に持っていた。
「……それ、どうするんですか?」
 布に包まれた大きなそれは、大きなキャンバスだと理解できるのだが……どうしてそれを、そんなに急いで持って行こうとしているのかがわからない。
 唯子には嫌な予感がしていた。
 キョロキョロと辺りを見渡して、そこにあるはずのイーゼルが折りたたまれ上に載っていたはずのキャンバスが消えていた。

 先輩の作品が――。

「金原先輩! それ……純也先輩のものですかっ」
「あー、うん。そう、だけど……」
 頷く柚月は唯子の剣幕に気圧され、頭を掻いた。
「純也のヤツに頼まれたんだけど……やっぱり、アレか? あいつの勘違いとかそういうの」
 がーん、と唯子はショックを受ける。
「な、どういうことですかっ。先輩、純也先輩からどういう説明を受けたんですかっ?!」
 うーん、と柚月は迷い……唯子にそれを託す。
「唯子ちゃんには、ちょっと大変かもしれないけど……それ、純也に渡してくれる?」
 家にいるから、と住所と簡単な地図(だけれど、やはり美術部員なだけあって上手い!)を手渡した。
「アイツ、唯子ちゃんに合わせる顔がないんだって。なんかやった?」
 と、面白がるように訊いた。

( 先輩の、馬鹿! )



「純也先輩の馬鹿!」
 マンションの扉を開けた彼に、汗だくになった制服姿の唯子が眉を吊り上げて怒った。いつもふわふわとしていて、おおよそ声を荒げるといった仕草が似合わないおっとりとした少女だったから、めずらしいものを見たという感慨のほうが先にくる。
「先輩! わたし、怒ってるんです。なに、感心して見てるんですかっ」
「いや、ちょっと驚いて」
「大変だったんですよ、純也先輩の作品運ぶの!」
 それは、そうだろう。
 自分の背丈ほどもある100号近いキャンバスだ。電車を乗り継ぎ、純也のマンションまで持ってくるのは女の子の彼女にはつらい仕事だったに違いない。
「ごめん」
「ごめん、じゃないですっ!」
「……うん。ホント、ごめん。昨日のことも、反省してる」
 謝るだけの彼に、彼女はとうとう業を煮やした。
「ッ、そうじゃなくて!」
(先輩……もっとほかに、言うことないんですかっ?)
 玄関先で、彼に抱きつくと何も考えずに告白した。

「わたしが好きなのは、純也先輩なんです!!」

「え?」
 胸の中に飛びこんできた彼女の発した言葉に、純也が戸惑った。
「いくらなんでも、それは……唯子、僕に気を遣わなくてもいいから」
 だから、そうじゃなくて!
「どうして、信じてくれないんですかっ? わたし、こんなに ハッキリ 言ってるのに!」
 唯子にまくし立てられて、純也は困惑した。
「どうしてって言われても…… 君 が 僕 を好きになるなんて、有り得ない」

あー!

 って、ソレですか! と唯子は愕然とするしかない。
 大きく叫んだあと黙りこんだ彼女に、純也は心配して覗きこみ――(ちょっと待て)と、その手を止める。
「 唯子 」
 優しい声が強張った。
 唯子は自分のブラウスに手をかけて、ボタンを外す。ひとつ、ふたつと手をかけて肩から滑らせて落とした。
 スカートも同様にホックを外して、床に落とす。
 ブラとショーツ、それに白いシミーズだけの心もとない姿になって……頬を染めて純也に言った。
「 信じてください、わたしは本当に先輩が好きなんです 」


 >>>つづきます。


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