だまり Lover clap0-5


〜NAO's clap〜
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 それから、熱は夜になれば落ち着いた。
「知恵熱でしょ」
 と、母に言われ……唯子は何故か先輩の顔を思い出して、また少し熱が上がった。



〜 05.指先一本のふれあい 〜


 次の日は大事をとって学校を休んだ唯子に、お客が来たのは夕方だった。
 ベッドで横になっていた彼女は、叩かれた扉に「はい」と開けてニコニコ顔の母親に出くわした。
「学校から お友だち よ」
「え?」
 と、首を傾げて(正美だろうか?)と思う。が、それにしては母親の様子が異様に挙動不審だ。
(正美だったら、何度か家に遊びに来ているし……)
 そう考える唯子の目に、背の高い影が現れる。
「もう起きて平気なの? 春日さん」
「わっ!」
 飛びのいて、彼女は不用意に仰け反ったために開けた扉に思いっきり後頭部をぶつけた。
 がん、と低い音が脳内を轟いて、
「いたーい」
 と、涙目になる。
「大丈夫?」
 屈んで心配そうにうかがう純也に、唯子は「大丈夫です」と答えようと思ってビクリ、と固まる。
 後頭部をさする手に、彼の手が触れたからだ。
(せ、先輩がどうしてココに?)

「紺野さんに頼まれたんだ。彼女、今日は用事があるからって謝ってたよ」

 そう唯子の疑問を察したように純也は言って、鞄からプリントを取り出した。
「あ、すみません。じゅ……じゃなかった、三崎先輩」
「いえいえ。というより、口実なんだけど」
「?」
 不思議そうに仰ぐ彼女にふわりと笑って、純也は「心配したんだよ」と囁いた。
 寝間着姿の唯子は真っ赤になって、俯いた。



 先輩のお見舞いにようやく対処ができるようになった頃、階下で騒がしい物音がした。
「たっだいまー」
 元気な帰宅の声。
 少しのやりとりのあと、ダンダンダンと階段を駆け上がってくる音がする。
「ねぇーちゃん! 彼氏が見舞いに来たってホントかっ?!」
 やってきた弟はそう叫ぶと、ベッドの際に座る姉の高校のブレザーを着た をまっすぐにとらえた。

「はじめまして、三崎純也です」

 突然の闖入者にも慌てることなく、先輩は優雅に微笑み「弟さん?」と唯子に確かめた。
 恥ずかしさに頬を赤らめ、頷く。
「し、真! 失礼でしょっ。学校の先輩なの……三崎先輩、弟の真〔しん〕です。まことって書いてシンって言うの」
「そうなんだ? 確かに春日さんと造作が似てるかな」
 と、ふわりと笑う彼を中学生の弟は警戒したように睨み、「先輩?」と再度確かめるように姉を見つめた。
 姉を一番よく理解していると自負する弟は、どうしてもこの見た目害のなさそうな男を信用できなかった。
(ねーちゃんの弱そうな相手だもんな、こういう優しそうなタイプ……)
「――で。ねーちゃんと ホント になんでもないワケ? ジュンヤさん」
 自分で座布団を引っ張り出してきた真は、当たり前のように姉の部屋に居座り、そんなことを何のてらいもなく初めて会った年上の男〔ひと〕に投げつけた。
 その目は胡散臭そうにすぐ横に座る純也をジロジロと眺めている。
「なっ、なにを……」
 真っ赤になって口ごもる姉を胡乱げに仰いで、「バレバレなんだよ」とぼやいた。

「絶対、ただの 先輩 じゃないだろ。ねーちゃんが無防備になるのは、 特別 な人間だけだもんな」

(せ、先輩の前で言わなくてもいいのに。真の馬鹿!)
 チロリ、と純也をうかがって唯子は黙りこむ。
 感心したような先輩の声が響いて、目を瞑る。
「へえ、唯子の弟さんにしてはシッカリしてるね」
「おねーちゃんから比べれば、大抵の 人間 がシッカリしてるよ」
「ははっ、言えてる」
 って。
(何気に、二人して失礼ですっ)
 むっ、と唇を尖らせて、笑う純也を睨んだ。
「まあ、名目上は「恋人」。でも、実際は それ 未満の専属モデルかな」
「なんだそれ」
 真は眉根を寄せてしかめっ面をすると、「専属モデル?」と怪しそうに繰り返した。
「ああ。いかがわしいのじゃないから……僕は一応、美術部の部長でね」
「ふーん、おねーちゃんがそのモデルってワケ?」
 一応、合点がいったように鼻を鳴らして、黙りこんでいる姉を見る。
「それで、いいの? おねーちゃん」
「……うん」
 俯いて、唯子はギュッと布団を握り締めた。



 先輩が帰っていったあと、唯子の部屋にやってきた真は呆れたように呟いた。
「あの人には、口にしないと伝わらないと思うけど?」
「……いいんだもん」
 そばにいられれば……。
「ふーん。まあ、おねーちゃんの好きにすれば?」
 弟のなげやりな言葉に(なによ)と反発しながら、ツキンと痛む胸をなだめた。

 ――あの人が指先が触れ合うほど、近くにいてくれる。
 それだけで、 十分 なんだから。


 >>>つづきます。


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