グラウンドを見つめて、春日唯子はため息をついた。
(先輩の言うとおり、なのだろうか。コレは、親や兄弟に対する気持ち?)
そう言われてしまえば、そんな気もするし、初恋もまだの自分には確たる自信もない。
さわさわと風が吹いて、唯子の栗色をした長い髪がふわふわとなびいた。
白いブラウスに臙脂色のタイ、紺色のフレアスカート。オーソドックスだが、着慣れれば可愛いデザインのブレザー服。
(先輩が、好き――)
この気持ちは、何色なんだろう?
ピンク色とか明白なフィルターで目に映ったら、楽なのに……。
『有り得ない』
と、答えた純也の静かな声を思い出して、目を閉じる。
それとも、知らないままで付き合うほうが自分のためなのだろうか。
(だって、先輩はわたしに そんなもの を求めてないんだもの)
もし、唯子が本気で好きだと口にしたら、彼は離れていってしまうのかもしれない。
『いいんだよ、これで。僕は今のままで……君にはいて欲しいから』
あれは、そういう意味なの?
悲しくなって、唯子はそれ以上の思考を止めた。
〜 04.押さえ込んだ言葉 〜
額にかかるひんやりとした温度に、うっすらと目を開ける。
「ん……気持ちいい。もっと」
と、口にして手を伸ばす。
その心地いい感触を手にむんずと掴んで、頬に寄せる。
すりすり。
「唯子?」
「なぁに?」
手の中のそれが身じろいだように感じて、(あれ?)とさらにしっかりと瞼を持ち上げ、確認する。
「わっ! せ、先輩っ、グラウンドで体育だったんじゃ……ッ」
「は? 一体、いつの話かな、それは」
と、唯子に手を掴まれた彼は、目を丸くして彼女を見下ろした。
(そ、そうか。そういえば、もう昼休みなんだった……)
唯子は何故か霞がかった記憶に納得して、ふわりと急に体が浮いたように感じた。
「うわっ!」
膝裏と肩を支えられ、先輩に軽々と持ち上げられた唯子は慌てて手を伸ばす。
純也にしがみついて、どうしてこういう事態になっているのかと狼狽〔うろた〕えた。
「じゅ、純也先輩っ」
下ろしてくださーい! と真っ赤になって懇願する唯子を、いつも物腰やわらかな彼がサラリと無視した。
たまたま掴んだ腕やら胸が、意外に男臭くてガッシリしていることに、唯子は少なからず驚いた。
(先輩もやっぱり、男の人なんだなあ……当たり前だけど)
見た目がおだやかで、どこか中性的な人だから筋肉がついているとか考えたこともなかった。体育会系の人からすれば、もちろん貧弱なのかもしれないが……十分に筋肉がついていて唯子一人運ぶのに大して苦労はしていない。
むしろ、平然としている。
「あ、あの。どこに行くんですか?」
ようやく唯子の問いに答えるつもりになったのか、純也は顔を唯子に向けると大袈裟にため息をつく。
「あのね、唯子。君は熱があるんだ」
「え? ウソっ」
ウソって何さ、とさらに純也は呆れたようだった。
コツン、と額に何かが当たって、唯子は(キャー!)と心の中で悲鳴をあげる。
「せせせせ先輩!」
「ホラ、わかる? 熱があるんだよ」
(さ、さらに 熱 が上がりそうです。先輩……)
額と額を突き合わせ、間近で目を合わせた唯子はクラクラと眩暈を覚えて、くたりと気を失った。
唯子の前髪をかき上げて、ひんやりとした温度が額に触れた。
(ああ、また先輩が心配してくれているんだ……)
そう思うと、安心してしばらく心地いい手の甲の温度を感じていたいと現実と夢の狭間で立ち止まる。
手の甲が優しく触れて、離れる。そして、不意にやってきた別のやわらかな感触に目を開ける。
「……純也先輩」
「ああ、起きた?」
ゆっくりと微笑む彼に、唯子は訊くことができなかった。
高校の、ここは保健室だろう。
(いま、おでこにキスされたような気がしたんだけど…… 夢 だった?)
額に手をやって、(あれれ?)と首を傾げる。
「唯子、紺野さんに頼んで鞄、預かってきたんだけど帰れる?」
ぼんやりとしたふうの彼女に、やっぱり何事もなかったような先輩が「送ろうか?」と申し出た。
ぶるぶると首を振って、唯子はそんなことよりも額の熱の名残りを確かめたかった。
「大丈夫です。それより、先輩……あの、いま」
「なに?」
「………」
(――純也先輩。もし、本当に キス したんだったら、どうしてそんなことするんですか?)
平然とした彼に、動けなくなる。
(笑って否定されたら、……泣きそう)
ううん、と笑って唯子は「なんでもないです」と俯いた。
「……そう? やっぱり体ツライ? 先生が今、家の方に連絡とってると思うから、ひどいようだったら言うんだよ」
「はい」
頷いて、彼女はとても訊きたい言葉を呑みこんだ。
>>>つづきます。
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