姫君 ひっこみじあんなクリスマス-3


〜NAO's blog〜
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 嗚咽を堪えながら、それでもポタリポタリと涙はこぼれた。
 手袋をした手で拭っても、うまく涙をとらえることはできない。
「うっ……えっ、えっ」
 グズリと鼻をすする、と脇からハンドタオルを差し出されて何も考えずに受け取る。
 目をそこに押し当てると、降ってきたのは聞き覚えのない男性の声だった。しかも、二つ分。



〜 ひっこみじあんなクリスマス3 〜


「どうしたの?」
「もしかして、君、誰かとはぐれた? 送っていこうか?」

「え?」
 思わず涙は止まって、山辺志穂〔やまべ しほ〕は顔を上げる。そこにあった、見知らぬ男二人の顔にビクリと体が強張る。
 手にしていたハンドタオルは、彼らのどちらかの持ち物らしい……と思い至るとオロオロと目を泳がせる。
「あ……あの」
「僕たち、男二人で ちょうど サミシイなあと思ってたんだよね」
「そうそう。ちょっと 付き合って くれるだけでいいからさ」
 にこにこと軽くそう告げると、志穂の腕をガッシと捕らえた。
 優しそうに笑いながら、その手の抗えない類の力に志穂は脅えた。
「あ。あの……お、送ってくれなくていい、です。一人で帰れます……だから」
「だから?」
 にこにこ。
「そんな、泣き顔で言われてもね?」
 ふふふ、と強引に彼らは志穂を引っ張って連れて行こうとする。
「………」
 どうしよう、と青くなる。必死に抵抗するが、敵うはずもなくズルズルと引きずられる。

「や……やぁ、ッ!」

 志穂が渾身の思いで突き飛ばそうとした時、その男の肩を誰かが掴んで引き止める。
「なにしてんの? 志穂」
「……鳴海くん」
 怒った顔の鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕が立っていて、彼女を睨みつけていた。



「あんなヤツら相手に、泣くなよ……助けくらい、呼べるだろ?」
「ちがうもん」
 伸びてきた広之の指を顔を背けて避けると、志穂は顔を振って弱々しく口にした。
「何が……ちがうんだ?」
 あからさまに不機嫌な彼の声が訊いて、志穂は唇を噛む。
「鳴海くんには、分からないもん。わたしの気持ちなんて……」
「ああ、そう」
 ウンザリした声に、志穂は自分が口にしながらすぐに後悔した。それは、ハッキリとモノを言う広之がもっとも嫌う志穂の性格だった。ウジウジしていて、すぐに殻に閉じこもる……公明正大な彼は決してそれを許さない。
「言わなきゃ、分かるワケがない。俺は おまえ じゃないんだよ」
「……わ、かってる」
 はぁ、と息をつく広之の気配を敏感に察して、志穂はさらに俯いた。
 彼の顔をまともに見る勇気など、どこにもない。
「あ」
「なに?」
 ムッツリ、と唇を固く結んだ広之が、低く訊く。

「う、ううん。なんでも、ない」

 首を振って、志穂はそれ以上彼に嫌われていると思い知るのが怖くて 何も 言うことができなくなった。


*** ***


 キョロキョロと周囲を見回して、集合場所のロビーからこっそりと離れようとした彼女に彼の声がかかる。
「志穂」
「ひっ!」
 ビクリと縮み上がった彼女は、振り返ることができずに固まった。
「もうすぐ点呼なんだけど……どこに行く気だ?」
「……ど、どこにも」
 弱々しい志穂の答えに、広之は背後でやれやれと息をついた。
「嘘をつくな」
 そう言うと、志穂の腕を掴んで固く握りしめた手をとらえる。あっという間だった。
 そこから、スルリと抜き取られたハンドタオルは彼女が言葉を発するよりも先にくず入れのボックスの中に捨てられる。
「な、鳴海くん……どうして?」
「あのな……こんなのはナンパの道具なんだから律儀に返そうとするなよ。バカ」
「……で、でも。もしかしたら、大切なものかも……」
 と、言いよどむ志穂の額を広之がはたいた。
「アホか。百歩譲ってそうだとしても、おまえの鼻水がついたのなんかいるワケないだろ」
「………そ。そんなについてないもん……たぶん」
 真っ赤になって反論し、志穂は落ちこんだ。
 よくよく考えれば、広之の言うとおりだ。礼儀を重んじるならば、洗ってから返すのが筋だろう。
 くずかごの中に捨てられたそれをジッと眺めて、身をかがめる。
「こら。何をする気だ。おまえは……」
「あ、洗って返せばいい、と思って。だって、今日は泊まりでしょ?」

「 バーカ 」

 ほんの少しの間。
 広之は志穂をチロリと流して、「そんな暇はないよ」と真面目に言ったから(あれ?)と思う。
「え?」
「今日、帰るから。ホラ、点呼」
 急かされて、志穂は意味も分からずにロビーの中心に連れ戻され、バスに乗り込んで帰路につく。

( あれれ? )

 座席に座って、混乱したが……初めてのスキーに酷使された体は、思うよりも ずっと 疲れていたらしくバスが走り始めるとすぐに睡魔に襲われた。


 >>>続きます。


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