姫君 ひっこみじあんなクリスマス-2


〜NAO's blog〜
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 ヒラヒラと手のひらを振る赤牧十波〔あかまき となみ〕は少し離れたところで突っ立っている山辺志穂〔やまべ しほ〕にニッコリと笑いかけた。
 明らかに困惑したらしい志穂は、ビクリと表情を固く強張らせると、ぺこりと頭を下げる。
 逃げるように背中を向けた彼女を目で追って、フフーンと十波は唇の端を上げた。
「なかなか可愛い子じゃないの」
「……そうか? 大人しすぎる、と俺は思うけど」
 何もかもに対して、受身すぎるのが玉にキズだ。鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕からすれば、もう少しなんとかならないかと小言の一つも呈したくなる。
 というか、絶対あとで忠告するつもりだ。
「挨拶くらい、まともに返せなかったら問題だろう?」
「まあ、そういうトコロは否めないけど……なに? 広之くんはこういう場面で 彼女 に駆け寄ってきてもらいたい派なの?」
「………」
 そういうワケでもない。
 けれど、もう少し自信を持ってもらいたいと願う時は過分にある。どうすれば、彼女に自信を持ってもらえるのかは、サッパリ分からないが……。
 深く、眉根を寄せて唸る。
「べつに。そういう……のは期待してないけど」
「けど?」
 ニヤリ、と十波は微笑んで「委ねてほしいのね」と意味深に口にした。

「大人しいあの子が、あなたのその要求にどんな 反応 をするか今から 楽しみ だわ」

 と。
 それは可笑しそうに仰け反った。



〜 ひっこみじあんなクリスマス2 〜


 袖を引っ張られて、そこにある志穂の顔に驚いた。
「わたしも、行きたい」
 ギュッと握る手袋をはめた指に力をこめて、見上げてくる。
「おまえ、バカ?」
 どうして、こういう時にそういうことを言い出すのか……どうにもできない、と息をつく。
「まともな転び方もまだできてないクセに……いいか? ついて来るなよ」
 志穂を傷つける、と分かっていながら厳しく接した。
 初心者の彼女をリフトに乗せることも、無責任に彼女と一緒に下に残ることも今の広之にはできない。
「………」
「志穂、聞いてる? 俺、意地悪で言ってるんじゃないよ」
「……うん」
 俯いて聞き分けよく袖を離す志穂は、頷いた。
 背中を向けてリフトに急いだ広之は、できるだけ早く上にあがって任された仕事を終わらせようと決意した。


*** ***


 二回ほどリフトを乗り継ぐと、そこは上級者コースになる。
 途中のリフト仲介地点でボーゲンが出来る程度の初級者と、何回か経験のある中級者と分かれて……ここが、広之の仕事の最終地点だった。
 仕事、と言っても集合地点と集合時間の確認程度なのだが。
 バラバラ、とおのおのが滑り出したゲレンデを見下ろして、広之は志穂が練習しているだろうロッジの集まったなだらかな白い斜面の米粒のような人影に目を細める。
 急いで下りて、十分ほどの距離だ。
 板を山の斜面に直角に下ろして、広之は滑降をはじめた。
 中級者のコースまで滑り降りた時、「おーい、鳴海くん」と呼び止める声を聞いてゴーグルを上げる。
「澤嶺?」
 志穂と仲のいい数少ない友人の澤嶺祥子〔さわみね しょうこ〕はスイスイと滑り降りてくると、彼のすぐそばで慣れたシュプールを描いた。
 昨日、降り積もったようなパウダースノーが音もなく散る。
「んもー! そんなに慌てて滑らなくてもいいのに」
 彼女はゴーグルを額に上げて、ゆっくりと広之のところまで滑ってくる。
「って。澤嶺……おまえ、初心者じゃねーな?」
「まーね。でも、ホラ、あの子が一人じゃ可哀想だし……と思ってね」
 片目を閉じて、悪びれず言うと、目を丸くしている委員長ににこりと笑った。
「あの子、一人じゃ心配でしょ? 委員長も」
「……べつに。甘やかしても、志穂のためにならないだろ?」
「確かにね」
 広之の決然とした言葉を肯定して、それでも祥子は意味深な笑いを深める。
「うふふん。わたし、気づいちゃったのよねー……コ・レ」
 スキーウェアのポケットから取り出された「しおり」に、ピクリと広之のこめかみが引きつった。
「こーんな邪〔よこしま〕な計画に利用してるんじゃ、そりゃ、面倒な仕事も 進んで やるしかないって感じ。志穂はまだ、気づいてないけど……委員長みたいな人が 騙し討ち にするなんて、意外だわ」
「そーでもねぇよ。志穂は顔に出やすいから、当日まで黙ってたほうが 安心 なんだ」
 ははーん、とあるトコロでは納得して、祥子はくすくすと笑った。
「それに。志穂みたいな子は、退路を断っておいたほうが都合がいいわよね。怖気づくタイミングを逃すから」
「……それも、まあ、アリだな」
 観念して、認めると広之は眼下を見下ろして目をすがめた。

「あらあ? アレ、志穂じゃない」

「あの、バカ」
 借り物のオレンジ色のスキーウェアの人影が、誰かは分からない二つの人影に絡まれているのが見えた。
 スキーウェアの胸と背中には確認しやすいようにそれぞれ番号がふられているから、遠目でもまず志穂に間違いない。
 考えるよりも先に板を斜面に乗せて、広之はグンッと上体を前に倒して滑降した。


*** ***


 彼女の名を呼ぶと、知らない男二人は「なんだ、お迎えか」と志穂の腕を捕まえていた手を離して、舌打ちした。
「……鳴海くん」
 呆然とした声は、ぼんやりと無防備に響いて広之の腹立たしさを増長させる。
 頬が濡れている、と気づいて苛立った。
「あんなヤツら相手に、泣くなよ……助けくらい、呼べるだろ?」
 広之の指が伸びて、ハッ、として志穂は顔を背けた。
 自分で涙を拭うと、「ちがうもん」と首を振る。

 何が違うのか、広之にはまったく理解できなかった。


 >>>つづきます。


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