バスから見える景色に、山辺志穂〔やまべ しほ〕は小さく感嘆した。
「雪……がある」
「そりゃそうよ」
と。
隣の席に座っていた澤嶺祥子〔さわみね しょうこ〕が呆れたとばかりにしおりから顔を上げて、窓の方を見る。
〜 ひっこみじあんなクリスマス1 〜
「わたしたち、スキーに来たんだから」
「そう、だけど……」
なんとなく、感動を裏切られたと感じた志穂は声を沈ませて……(だって、わたし初めてなんだもん)と恨みがましく心の中で呟く。
そんな心の声が、相手に届くワケもなく祥子はふたたび この クラスの有志で集まったクリスマスイベントの手作りされたらしい「スキーツアーのしおり」に目を落として「雪がなかったら、ある意味 問題 じゃない」と駄目押しした。
ぐっ、と言葉を詰まらせる。
そんな志穂をチラリ、と眺めて祥子は唇の端を上げる。
「あんたの 彼氏 が、そんなヘマするワケないしね」
「……うん」
バスの真ん中よりも後方に座る志穂たちとは少し離れた、バスの前方にはクラス有志の主宰メンバーが今後の段取りや打ち合わせをしながら、移動時間中の司会・進行を行っていた。
その中心人物と言うのが、クラスの委員長を務める鳴海広之〔なるみ ひろゆき〕。志穂の隣人にして、つい最近になって想いの通じた相手だった。
地味で引っ込み思案、何をしても平均以上はのぞめない志穂にとって、近くて遠い雲の上の 存在 だった。
今回のスキーツアーにしても、主宰メンバーに推されたのは彼の意思ではなく、クラス全体の総意のもとだった。本人からすれば、「面倒」なことこの上ないが……それでも、卒なくこなしてしまうのは 流石 と言うしかない。
「ホント、近場でこんなトコロがあるなんてね……すっごい穴場だわ」
うんうん、と頷いて志穂はもう一度窓の向こうの雪を眺めた。
白くて、まだ踏み荒らされていないそれは、キラキラと太陽の光に反射して眩しいプリズムをおこす。
窓ガラスに触れれば、外気の冷たさが指に伝わった。
(わたしには……似合わない人、だよね)
と、羨望の眼差しで前方の彼を映して志穂はため息をついた。
学生の身分である彼らの保護者として付き添っているのが、広之の母方の従兄弟にあたる 女性 だった。
赤牧十波〔あかまき となみ〕。
ちょうど、彼女が経営しているのが旅行代理店だということもあり、安価でバスを借りることができた。上に、ありとあらゆる助言を彼女から受けている、らしい。
旅行代理店、を経営するにはまだ若い風貌の彼女は、事実まだ二十代の若さだ。
驚くクラスメートたちに、「小さな代理店だもの」と謙遜するが……志穂からすれば、会社の大きさなど問題ではなかった。
(すごいなあ……)
そう、遠くから見つめて近づくことすら躊躇われる。
広之と同じ血が流れていることを、ぼんやりと納得する。同種の人間だと、確かに思う。
広之と話をしていた彼女は不意にこっちを向いて、志穂の存在を認めた。
ほんの少し、広之が不機嫌そうに志穂を見遣り、そんな彼を小突いて長い髪の彼女はヒラヒラと手を振るから……志穂はどう対処していいか分からない。
ぺこり、と頭を下げて逃げるように背中を向けた。
*** ***
「ちょっとぉ! 志穂っ、コレあんたの荷物?」
バスの荷台から下ろされる大きな旅行鞄を指差して、祥子が訊く。
「う、うん。そう」
こくこく、と頷くと、友人は眉をひそめた。
「ちょっと、大きすぎない? いくらなんでも」
「え……だ、だって。着替えとか……いる、から」
「にしてもさあ? たかが、日帰りで」
「日帰り?」
首を傾げて、志穂は祥子を見た。
「一泊二日じゃないの?」
「は?」
今度は祥子が首を傾げて、(何を言い出すの?)という表情になる。
けれど、それ以上の会話は集合がかかったために、続けることができなかった。
板と服と靴を借りて、それらを見よう見まねで着けながら志穂は隣の祥子を見て驚いた。
「しょ、祥子ちゃん……すごい、カイロだね」
何がすごいって、量がすごい。
スキーウェアのポケットに入れるだけでは足らずに、腰や足にいたるまで網羅しているから見ている志穂までポカポカしてきた。
「そう? 普通よ。女の子は特に体を冷やしちゃダメなんだから……なによ? 志穂は持ってきてないの?」
「え。持ってきてるけど……ポケットに一つ」
「バカね」
そんなんじゃ全然足りないわよ、と言い置いて、カイロを一袋投げ渡した。
「雪山をナメたらダメよ。ソレ、腰にでも貼っときなさい」
「う、うん。ありがとう」
「じゃ、先、行ってるわ」
ニットの帽子をかぶって、耳あてとゴーグルをつけた祥子は、まだ着替え途中の志穂に手を振ってニヤリと笑った。
「のんびりしてたら、置いてかれるから。そういうとこ、あんたの 彼氏 容赦ないでしょ?」
集合時間まで、あとわずか。
わたわたと慌てて着替えはじめた彼女を確認して、祥子はさっさと外に出た。
*** ***
「おまえ、バカ?」
蔑むように、広之は袖を引いた志穂に言った。
「まともな転び方もまだできてないクセに……いいか? ついて来るなよ」
「………」
「志穂、聞いてる? 俺、意地悪で言ってるんじゃないよ」
「……うん」
言い方はやわらかいのに、有無を言わせない言葉。どこからか、誰かの失笑が聞こえてきて志穂は彼の袖から手袋をはめた手を離した。
一面の銀世界。
そこに、ポツンと立って小さくなっていく彼の背中を見送るしかなかった。
初心者の自分が、リフトに乗って上までのぼることなんて出来るハズがない。
公正な彼の言うとおり、「転び方」くらいマスターしなければ……危険すぎる 行動 だろう。
(……わかってる)
そんなこと、わかってる。
でも……。
頭ではわかっていても、夢見ていた場面と現実が違えば悲しくなって当たり前。ギュッと手のひらを握って、志穂は目頭が熱くなるのを感じた。
――それでも。
一緒にいたかった、だけだもん。
>>>つづきます。
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