熱く熱された砂の上にサンダルを履いた足を落として、広之はやってきた 彼女 に唖然となった。
〜 夢見るウサギ、恋するオオカミ4 〜
「おっまたせー、委員長!」
派手なハイビスカス柄のビキニを着た澤嶺祥子が、後ろからのろのろとやってきた志穂を引っ張り出して「えいっ!」と文字通り押し出した。
「 ! 」
どんっ、と予想外に強く背中を押された彼女は転〔まろ〕びかけ、広之の胸に落ちて真っ赤に熟れる。
「ひゃっ!」
慌てて体を離して、謝った。
「ご、ごめんなさいっ」
周囲のギャラリーがうるさかった。有志で集まった同校の参加者たちだが、ぺちぺちと広之の背中を叩いていくと、ヒューヒューと囃し立てる。
「――べつにいいけど、志穂」
「え?」
「そんな水着持ってたっけ?」
志穂の着ていた白い水着は、背中が大きく開いたものだった。その開いた背中を腰から首の下にかけて交差させて、綴じているから実際よりもずっと肌の露出は少なく見える。
けれど。
「う、ううん。この間、買ったの……祥子ちゃんと。どうかな?」
ぴったりと体の線を包む白い水着を、志穂は広之に無防備に見せて笑ってみせたからウンザリする。
「どうかなって……おまえ」
最悪。
と、理性を総動員させた広之は口にはしなかったものの、人の気を知らない彼女の幼い態度に幻滅した。
*** ***
日ごとに厳しくなる七月の日差しが、ジリジリと肌を焼いた。
そばにいれば、さらに険悪になりそうだった。だから、広之は極力彼女から離れて行動することにした。
しかし。
ともすれば、肌が透けてしまいそうな無防備な白を纏った彼女を放置しておけるワケもなく、視界に入る場所にはとらえるように気をつかう。
(まあ、澤嶺がいるし大丈夫だとは思うけど)
「あの水着姿が、たまらんよなあ……やっぱ、美人だし」
「くそー、名越め。羨ましい」
「俺は真鍋の立場でもいい。お友達でもお近づきになれるならー、さ。ガードが固いんだよなあ、彼女」
周囲のクラスメートの関心も、もっぱらこういう 場 には希少価値(以前に、クラスも違うのだが)の参加者である汐宮清乃〔しおみや きよの〕の水着の方に集中していた。黒のワンピースという肌の露出は極めて少ないものだったが、白い肌と日本人形を思わせるスラリとした姿態、開放的な海にあって日傘をさしてパーカーを羽織っているのも注目を集める要員だろう。
傍らには、彼女の羽織っているパーカーの持ち主である彼・名越真希〔なこし まき〕がしっかりとつき従っている。
粛然と彼女は微笑んで、その視線を波打ち際へと滑らせる。手を振る先には、真鍋耀〔まなべ よう〕がどういう表情なのか黙然と海から上がってくるところだった。
仏頂面?
と、広之は首を傾げる。
どちらにしろ、こういう有志の話に 彼 が参加するのはめずらしい。
(どういう風のふきまわし、なんだろうな……)
気にはなるものの他人のことだ、と視線を外そうとして、やめる。
真鍋耀の足元にコロコロと転がってきたビーチボール。それに、広之は見覚えがあった。
案の定、彼女がやってきてビクリ、と止まる。
耀は拾い上げた それ を、立ち尽くした志穂に渡すと、何事もなかったように去っていく。おそらくは、彼にとってそれは……本当に何事もない 出来事 だったのだろう。
けれど――彼女にとっては。
真鍋耀の背中を見つめる志穂の視線に広之は(なんでだよ)と心の内で憤り、泣きそうな彼女に近づくとその腕を取った。
>>>つづきます。
夢見るウサギ、恋するオオカミ3 <・・・ 4 ・・・> 夢見るウサギ、恋するオオカミ5
|